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健康経営とは?日本の課題から考える導入効果と具体的な取り組みを紹介

健康経営とは?日本の課題から考える導入効果と具体的な取り組みを紹介

「健康」は個人の責任でしょうか。会社が管理するものでしょうか。
ビジネスにおいて、健康管理と経営管理が別軸で考えられていた今までとは変わり、「健康経営Ⓡ」という概念が浸透してきています。

本記事では、「従業員が健康に働くことで会社の業績向上に繋がる」というロジックを徹底解説していきます。

※健康経営はNPO法人健康経営研究会の登録商標です。

健康経営とは?

健康経営とは、従業員の健康管理を重要な経営戦略として捉えて推進していく経営手法です。心身ともに健康な状態である従業員のパフォーマンス向上は、結果的に会社の持続的な成長に繋がるという考え方として注目されています。

もともと、アメリカの心理学者ロバート・ローゼン氏が自身の著書「ヘルシーカンパニー」の中で提唱した概念から始まりました。これまでの企業経営では、“会社の業績”と“社員の健康”は異なる概念として存在し、同じ土俵で語られることはほとんどありませんでした。しかし、ローゼン氏は“会社の業績”と“社員の健康”には関連性があるとし、「経営管理」と「健康管理」を統合することで業績を向上させることができると定義したのです。

なぜ健康経営が必要なのか

健康経営という考え方に基づいた経営を推進していく必要がある背景には、日本企業が慢性的に抱える3つの課題があるのです。

①労働人口の減少

労働人口が減少している現代では、採用市場における人材獲得競争は激化の一途をたどり、採用に苦戦する企業も多く見受けられます。また、近年は転職が一般化され、追い打ちをかけるように人材流動も激しくなっているのが現状です。

採用ができなかった分の業務工数は、既存の従業員がカバーすることになるため、従業員の健康状態に悪い影響を及ぼしかねません。このように、人材を巡った悪循環が生じてしまいます。

②従業員の高齢化

1つ目で挙げた労働人口の減少という課題には、従業員の高齢化も影響しています。高齢化に伴い、疾病や体調不良などといった就業の阻害要因が多くなり、継続して働けなくなるリスクが高まってしまうのです。人材の獲得が容易ではない現代ですから、既存の従業員に対する健康管理支援をより一層強化していく必要があるのです。

③国民医療費の増加

従業員の高齢化に伴い国民医療費は増加する一方であり、企業が支払う社会保険料の負担額も自ずと増加傾向にあります。国民医療費を払わないという選択肢はないため、少しでも負担額を減らせるように、従業員に対する健康への働きかけを積極的に実施することが求められるのです。

従業員が心身ともに健康で就業できる職場環境や制度を作ることが、企業を持続させるために重要な指標であるという考えのもと、健康経営の必要性が高まっています。

健康経営の推進で得られる効果

前章では、健康経営という考え方が必要となる日本の構造的課題を解説しました。ここからは、健康経営を推進することで得られる効果を見ていきましょう。

生産性の向上

従業員の健康管理を実施することで、業務の生産性が向上する効果を発揮します。
従業員が精神的な不安や身体的な疾患を抱えたまま業務を遂行しても、良いパフォーマンスは期待できません。一方で、従業員が心身ともに健康で就業できる環境があれば、個人のパフォーマンス向上と組織の活性化に繋がります。

同様の業務内容であっても、健康な状態(体調が良い・適切な業務量と裁量など)と不健康な状態(体調が悪い・業務過多による蓄積疲労など)では、成果に変動が生じ、結果的に会社の業績に影響しているということです。“健康に働く”ことから得られる、最もインパクトの大きい効果と言えます。

離職率の低下

従業員が心身ともに健康で就業できる環境の提供は、離職率の低下にも繋がります。
心身の健康が保たれることで、体調不良やメンタルヘルスを原因とした仕事への弊害は軽減されるでしょう。これにより、従業員のエンゲージメントは向上し、活躍が期待できる従業員の定着が見込めるのです。

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医療費の軽減

労働力人口におけるシニア層の割合が上昇し続けている現状は、病気を発症するリスクが高いことを意味します。これにより、企業が負担する社会保険料はさらに高額になることが予想されます。

従業員の心身の健康が担保されている状態では、疾病率の低下が見込めます。健康経営の考え方を浸透させ、取り組みを促進していくこと、この積み重ねが医療費の軽減に繋がっていくのです。

企業ブランドイメージの向上

従業員の健康に対して経営的な視点から取り組んでいることを外部に発信することは、先進的な企業として社会的に評価されることに繋がります。企業のブランドイメージは向上し、従業員の定着と新たな優秀人材の獲得にも良い影響を与えるでしょう。

また、健康経営を積極的に推進する企業には、政府からの認定として【健康経営銘柄】【健康経営優良法人】のお墨付きをもらえる可能性もあり、企業価値を高めるための重要な戦略であることが分かります。次章にて、政府からの認定制度について紹介します。

政府からの認定制度

経済産業省では、健康経営を積極的に推進している企業に対して認定制度を設けています。社会を取り巻くあらゆる課題の解決に向けて、健康経営の取り組みを国策として推奨していることが分かります。

健康経営銘柄

健康経営銘柄とは、優れた健康経営を推進する企業を選定し、投資家に対して企業経営の魅力付けができる点を通じて、さらなる健康経営を促進することを目的としている制度です。
経済産業省と東京証券取引所の共同運営であり、対象は上場企業になります。

「経営理念」「組織・体制」「制度・施策実行」「評価・改善」「法令遵守・リスクマネジメント」の5つの評価指標と、財務面でのパフォーマンスを考慮して選定しています。

<参照>【経済産業省】健康経営銘柄
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_meigara.html
<参照>【日本取引所グループ】「健康経営銘柄2023」の公表について
https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/1120/20230308-01.html

健康経営優良法人

健康経営に対する取り組みを推進するため、対象企業を広げた「健康経営優良法人」という制度もあります。投資家向けの銘柄とは別に、未上場企業が健康経営を実践することを顕彰する制度として設けられています。未上場企業が社会的評価を高めるための重要指標となり、「大規模法人部門」と「中小規模法人部門」の2部門に分類して認定しています。当該制度における企業規模は従業員数で定義され、業界によって大規模法人と中小規模法人の対象基準は異なります。

健康経営優良法人の中でも、大規模法人部門に該当する企業の上位500社を「健康経営優良法人ホワイト500」と認定し、中小規模法人部門に該当する企業の上位500社を「健康経営優良法人ブライト500」と認定しています。

<参照>【経済産業省】健康経営優良法人認定制度
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html

健康経営の具体的な取り組み

ローゼン氏の提唱する健康経営の定義の中では、2つの視点から対策ができると述べています。ストレスチェックの実施や社員食堂のメニュー改善などの【直接的に従業員の健康に働きかける取り組み】と、ハイブリッドワークの導入やウェルビーイングの醸成などの【間接的に従業員の健康を増進させる取り組み】に区別されます。企業が実際に何をするべきなのか、この2つの視点から紹介していきます。

【直接的に従業員の健康に働きかける取り組み】

取り組み例難易度コスト
ストレスチェックの実施
パルスサーベイの実施
健康診断の受診
保健指導の実施
社員食堂のメニュー改善
受動喫煙の防止

ストレスチェックの実施

ストレスチェックとは、従業員の心理的負担の程度を把握する簡易的な検査のことです。労働者にストレスに関する所定の項目について回答してもらうことで、当該労働者のストレスの程度を把握する手法になります。

ストレスチェックの最大の目的は、労働者がメンタル不調となることを未然に防止することです。労働者が自分自身のストレスの程度に気づかず重度化しているケースや、職場環境にストレス原因が内在するにも関わらず改善されないケースを把握するための重要な取り組みであり、2015年からは義務化されています。

ストレスチェックの義務化とは?無料で使える厚生労働省のプログラムや高ストレス者への対応について明快解説

パルスサーベイの実施

パルスサーベイとは、短時間で回答できる意識調査アンケートを高頻度で行う従業員満足度調査です。従業員が不満を抱く兆候を、素早く見極めることが可能になります。

「仕事量は適切か」「経営者に対して希望はあるか」「役割分担に満足しているか」「仕事をしていて楽しいか」といった基本的な質問項目を設定します。回答結果から、継続する取り組みと改善すべき取り組みを浮き彫りにし、従業員の満足度を向上させる施策に絞って積極的に実行できるようになります。

パルスサーベイの導入が従業員の離職対策に効果的な理由

健康診断の受診

労働安全衛生法第66条の規定により、企業は労働者に対して医師による健康診断を実施しなければなりません。通常の生活を送るだけでは気付けないような身体疾患や精神疾患を、医師による診断によって見つけ出すことができ、予防と早期対策を進言できます。診断結果によっては、従業員が健康に対する意識改善のきっかけにもなるでしょう。

保健指導の実施

健康診断の結果、健康改善に努めるべきであると認められる従業員に対して、医師または保健師による保健指導を実施することが求められます。健康診断の受診は義務ですから、診断結果に伴う従業員の健康管理および対策まで企業が支援すると良いでしょう。

社員食堂のメニュー改善

健康と食事は密接に関係しています。社員食堂を持つ会社であれば、栄養管理を意識した献立に変えてみたり、メニューに摂取カロリーと栄養素の表示をしたり、従業員が少しでも健康に対する意識を変えてみようと思える工夫が大事です。食事は毎日することですから、食生活の改善は健康経営に直接影響する大きな要素と言えます。

受動喫煙の防止

従業員全員が健康に就業できる組織を構築するためには、受動喫煙の防止策は徹底する必要があります。喫煙室の設置、全面禁煙の徹底、卒煙支援カウンセリング対応など、従業員の健康のためには必要不可欠な取り組みです。

【間接的に従業員の健康を増進させる取り組み】

取り組み例難易度コスト
ハイブリッドワークの導入
フレックスタイム制の導入
ウェルビーイングの醸成
インクルージョンの推進
1on1ミーティングの実施

ハイブリッドワークの導入

ハイブリッドワークとは、オフィスワークとテレワークを併用した働き方です。オフィスワークの利点とテレワークの利点を兼ね備えた柔軟な働き方を実践でき、従業員の働きやすさを促進できる取り組みです。

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フレックスタイム制の導入

フレックスタイム制とは、所定労働時間の定めた上で出勤時間・退勤時間・労働時間を従業員自らが決められるという制度です。育児や介護を含む様々な家庭の事情がある中でも、労働以外の面を考慮した就業機会を提供できるため、従業員自身が健康管理への意識を高めることができるでしょう。

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ウェルビーイングの醸成

ウェルビーイングとは、精神的・社会的・身体的に充実した状態のことを指します。この3つが充実した状態では、社員は最大限の業務パフォーマンスを発揮することができ、組織の売上拡大や事業推進に大きく貢献してくれます。

ウェルビーイングの定義は、世界保健機関(WHO)憲章で言及されており、ウェルビーイングの観点は健康経営を推進していくためには欠かせない要素と言えるでしょう。

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インクルージョンの推進

インクルージョンとは、企業に属する従業員全員が仕事に参画する機会を持ち、各従業員の能力を最大限に発揮できる状態を指します。ビジネスにおいては、国籍、性別、人種、年齢、宗教、学歴、性格などの異なる属性だけにとらわれずに、互いの多様性を認め合いながら、平等な就業環境を提供することが求められているのです。

時代の変遷により“多様性社会”への注目度は日を追うごとに高まりを続けています。グローバル社会で持続的な成長を遂げるためには、“全員”が活き活きと働ける環境を目指していく必要があるのです。

インクルージョンとは?ダイバーシティとの違い・事例を紹介し、多様性社会に必要な取り組みを紐解く!

1on1ミーティングの実施

1on1ミーティングとは、上司1人と部下1人が1対1で行う対話です。話し合いによる人材育成の一手段であり、単なる評価面談とは異なります。部下の成長促進、能力発掘、モチベーションアップ、キャリア支援などを目的としています。

従って、1on1では「仕事のこと」「キャリアのこと」「プライベートのこと」「健康のこと」について話せる機会として用いられています。健康経営の視点で考えると、部下の健康面における弊害やトラブルを迅速に把握できる有効な手段になり得るのです。

1on1ミーティングとは?具体的な実施方法と成功させるポイントを解説!

まとめ

「社員を守る」という考え方は、日本企業に根付いた良い文化です。今や、日本企業の特徴ともいえる終身雇用は時代遅れとされていますが、もともとは従業員に対して生涯に渡って就業できる環境を提供することを担保してきたものです。

「社員を守る」という概念を、取り組みとしてより具現化し、時代に合わせた考え方として定義したものが健康経営と言えるでしょう。

従業員が常に健康で働けることは、経営資源の1つである「ヒト」に対する重要な投資なのです。企業は人なり。パナソニック創業者の松下幸之助氏の言葉をお借りしますが、今回はヒトにフォーカスして企業の成長を後押しする経営手法を解説してきました。まずは、会社の文化にあった取り組みから実践してみてはいかがでしょうか。

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