ジョブクラフティングとは?背景・メリット・実施プロセス・注意点を紹介
従業員の仕事への意欲を高める手法・考え方に「ジョブクラフティング」というものがあります。ジョブクラフティングを実施することで、従業員が高いモチベーションで働けるだけでなく、企業にも組織の生産性向上や離職率の低下といったさまざまなメリットが期待できます。
本記事では、ジョブクラフティングの基礎知識や、企業が推奨するメリット、具体的な進め方、実施時の注意点を解説します。
目次
ジョブクラフティングとは?
ジョブクラフティングとは、退屈な仕事の“捉え方”や“取り組み方”を変えることで、「やりがいのある仕事」に変えていく手法のことです。米国イェール大学経営大学院 准教授のエイミー・レズネスキー氏とミシガン大学教授のジェーン・E・ダットン氏によって提唱されました。
英語では、Job Craftingと書きます。「仕事」を意味するJobと、「技巧」を意味するCraftが組み合わさった言葉です。単に任された仕事をこなすのではなく、そこに自分なりの技巧を取り入れることで「こだわり」「やりがい」「プロ意識」を醸成し、自分の価値を高めていくという考え方です。
ジョブデザインとの違い
ジョブクラフティングとよく似た用語に「ジョブデザイン」というものがあります。ジョブデザインとは、従業員が「やりがい」を持って仕事に取り組めるように、企業が業務内容や役割の見直しを図ることを指します。
従業員の仕事をやりがいのあるものに変えるという点においては、ジョブクラフティングとジョブデザインに違いはありません。しかし、改善する主体が異なります。
ジョブデザインは企業側からのアプローチであり、ジョブクラフティングは従業員が自ら取り組むものです。ジョブクラフティングを企業が考える際は、企業は従業員がやりがいを感じる仕事をするための機会を提供し、従業員が自ら自身の意識や行動を改善できるようサポートすることが目的となります。
【代表例】ディズニーのジョブクラフティング
ジョブクラフティングの象徴的な例として取り上げられるのが、オリエンタルランドが運営する東京ディズニーリゾートです。清掃を担当する「カストーディアル」というキャストは、単に掃除をするだけでなく、写真撮影や道案内、ゲストへの声かけといったお客さんを楽しませるための取り組みを主体的に取り入れています。
華やかなキャストが多いディズニーリゾートにおいて、かつてはカストーディアルという仕事は不人気で、人が集まりにくく離職も多いという課題を抱えていたといいます。それを変えたのが、ジョブクラフティングでした。
カストーディアルのキャストは、自分たちを単なる清掃員ではなく「来場者をおもてなしする一員」として捉え直し、さまざまな取り組みを始めます。代表的なのは、ディズニーキャラクターを水で地面に描く「カストーディアルアート」やパントマイムパフォーマンスです。
清掃用具を使ったアートやパフォーマンスは、カストーディアルならではのおもてなしといえます。不人気だったカストーディアルの仕事も、今では東京ディズニーリゾートの名物となりました。
ジョブクラフティングが注目されている背景
ジョブクラフティングへの注目度が上がっている背景には、世界規模でのVUCA時代への突入が挙げられます。VUCA時代とは、社会やビジネスが多様化し、将来の予測が不可能になっている状況を指します。2010年ごろから経営やマネジメント分野において取り上げられるようになりました。
VUCA時代の日本企業は、終身雇用制度や年功序列が崩壊。長く続いてきた日本的経営が立ち行かなくなり、グローバル化の加速も相まって従来の仕事の任せ方・進め方では新しい時代のビジネス環境を勝ち抜けない状態にあります。
また、価値観が多様化したことで働くことへの意義を感じにくくなっており、従業員と企業が信頼関係を築きにくい状況でもあります。企業側は従業員がやりがいを持って仕事をしてもらうための職場環境の提供や制度的サポートが必要になります。
ジョブクラフティングの3つの視点
ジョブクラフティングの概念は、「作業」「人間関係」「認知」という3つの視点に分けて理解する必要があります。ここからは、より深くジョブクラフティングを理解するために、ジョブクラフティングではどのような工夫を加えることで、仕事をやりがいのあるものにできるのかを解説します。
作業クラフティング/仕事のやり方に対する工夫
作業クラフティングとは、仕事の量や範囲を変化させて仕事の中身を充実させる工夫を指します。具体的には、目標設定の変更や優先順位の基準の見直し、不要な業務の削除を行い、よりやりがいを感じる業務への向き合い方や進め方を追求します。
人間関係クラフティング/周囲の人への働きかけの工夫
人間関係クラフティングは、仕事で関わる人との関係を見直すことで、仕事の満足感を高める工夫を指します。たとえば、コミュニケーションの取り方を見直したり、先輩にアドバイスを求めたりと、人との関わり方を変えることで、周囲と協力し合える人間関係の構築を目指します。
認知クラフティング/仕事の捉え方や考え方に関する工夫
認知クラフティングは、仕事に対する捉え方や考え方を見直して、前向きに仕事に取り組むための工夫を指します。たとえば、自分の仕事の社会における価値を自身に問いかけたり、お客さんのニーズの本質を考えたりすることで、仕事に対するやりがいや自社サービス・商品の魅力、社会との繋がりに対して、前向きな意識を持てるようになります。
ジョブクラフティングのメリット
ジョブクラフティングは従業員が主体的に行うものですが、企業が推奨するメリットも多々あります。
・社員のモチベーション向上
・社内コミュニケーションの活性化
・生産性の向上
・離職率の低下
ここからは、従業員がジョブクラフティングを実施することの企業側のメリットを解説します。
社員のモチベーション向上
ジョブクラフティングによって従業員がそれぞれ自分の仕事にやりがいを感じられれば、自ずとモチベーションは向上します。
後ほど解説しますが、ジョブクラフティング実施の過程では自分の持つ課題や成功体験、強み・弱みといった自己分析を行い、仕事の捉え方や人との関わり方を考えます。そのなかで社会や組織における自分の価値を見出せれば、仕事に対する意欲が大きく変わることでしょう。
社内コミュニケーションの活性化
ジョブクラフティングでは、周囲の人との関わり方も見直します。各々がより良い人間関係構築のための取り組みを行えば、社内コミュニケーションも活発になるでしょう。
社内コミュニケーションが活性化され、従業員同士の信頼関係がきちんと築かれていれば、ミスの早期発見・報告や、意見交換によるイノベーションの創出も期待できます。ジョブクラフティングによって、VUCA時代の予測不能な変化に対応できるだけの競争優位性を獲得できるかもしれません。
生産性の向上
仕事や人への向き合い方がプラスの方向に変われば、業務効率や業務プロセスが改善されるだけでなく、従業員個人のスキルや能力も向上するため、組織全体の生産性向上が見込めます。個々のモチベーションが高まり、社内コミュニケーションも活性化することを考えると、相乗効果も期待できます。
より良い方向への変化が根付いた組織では、新しい技術やシステムへの順応も早く、日本企業が遅れているといわれているDX化も実現しやすくなるでしょう。
離職率の低下
やりがいを感じる仕事ができれば、自然と企業への帰属意識や愛着が生まれます。帰属意識や愛着は従業員の離職率に直結しており、企業と従業員の結びつきが強いほど離職は減り、定着率が上がるものです。
人材確保が難しくなる昨今では、待遇や給与だけでは、従業員を自社に引き止め続けることが難しくなっています。ジョブクラフティングで自社への帰属意識を醸成できれば長期的な人材確保につながるでしょう。
ジョブクラフティングの実施プロセス
ジョブクラフティングを実施するときは、前述した3つの視点をふまえて、段階的に行いましょう。
大まかなプロセスは下記の通りです。
①現在のタスクを整理
②多様な視点から自己分析
③仕事のやり方・人との関わり方・仕事の捉え方を工夫
④効果検証
企業側は、従業員が自分の仕事のやりがいを高められるよう、リソースの確保やサポートを行いましょう。
①現在のタスクを整理
まずは、従業員が個々に抱えているタスクを洗い出すところから始めます。担当している業務をすべて書き出しましょう。
このとき、できるだけ自身が行っている作業を具体的に、かつ細かく抽出することが重要です。想定外に起こるタスクが出ないよう、過去の振り返りも行い、成功・失敗、無駄になった作業も丁寧に書き出していきます。各タスクについては、工数や重要度、優先順位といった情報も添えておきます。
②多様な視点から自己分析
自分の強み・弱みや、働く目的、今の仕事をしている動機、顧客の偏り、スキル・特技など、自分についてあらゆる視点から自己分析をして理解を深めます。主観的な視点で自己分析を進めてしまうと、今までの自分と何ら変わりない結果が出てしまいます。できるだけ多様な視点から見つめ直してみましょう。
分析するときは、仕事で役立っている要素だけでなく、今の仕事では活かせていない特技や、苦手意識がある仕事や人間について客観的に分析することが重要です。
③仕事のやり方・人との関わり方・仕事の捉え方を工夫
続いて、3つの視点を基に、具体的に仕事のやり方や人との関わり方、仕事の捉え方を見直していきます。
仕事のやり方の見直しでは、成功体験を基に意思決定のプロセスを変えてみたり、新たに気づいた自分の強みが活かせる業務を積極的に引き受けたりするといいでしょう。
人との関わり方を変えたいなら、セミナーなど出会いの場で新たな人間関係を構築したり、今まで一緒に仕事をしたことがない人と組んでみたりすることで、それまでにないフィードバックやサポートが得られる可能性があります。
仕事の捉え方に関しては、ネガティブな意識があるタスクに対して、どうしたら自分が面白いと感じる仕事になるのか、自分がもっと楽しく取り組むための工夫を考えてみましょう。会社や社会における自分の仕事の意味付けや、価値の向上を検討するのが効果的です。
自分なりの工夫・見直しを検討しましょう。
④効果検証
ジョブクラフティングの取り組みは、短期間で効果が出るとは限りません。よかれと思った取り組みがマイナスに働くこともあります。1週間・1ヶ月・3ヶ月を目安に、新たな試みを始めてから、何がどう変わったのか効果を検証しましょう。
効果検証は、成果・心身のストレス・かかった工数・周囲からの評価などについて、主観と客観を兼ね合わせた多様な視点で行うことが重要です。長期的にみて、今までよりも「やりがいのある仕事」に変えていくことを意識しましょう。
ジョブクラフティングの研修プログラム
企業がジョブクラフティングを推奨する場合、慶応義塾大学・島津明人研究所の研修プログラムが参考になります。
従業員のなかには、ジョブクラフティングがどのような概念なのか知らない人も多いでしょう。ジョブクラフティングは、従業員が主体的に取り組まなければ成立しないため、企業側の押し付けにならないよう基礎知識や事例の紹介から始めるのが基本です。
形態 | 時間 | 1回目研修内容 |
①講義 | 20分 | ジョブ・クラフティングに関する基礎知識や、具体的な 事例の紹介をする |
②事例を用いたワーク | 40分 | 仕事で行き詰った事例を用いて、そのような場合にでき るジョブ・クラフティング(作業、人間関係、認知)を 考えてもらう(個人ワーク、グループワーク、全体共有) |
③ジョブ・クラフティング 計画づくり | 45分 | 日常業務を振り返り、自分ができるジョブ・クラフティ ング(作業、人間関係、認知)を考えてもらう(個人ワー ク、グループワーク、全体共有) |
④計画カードづくり | 10分 | 各自のジョブ・クラフティング計画をカードに記入して もらう |
引用:「ジョブ・クラフティング研修プログラム 実施マニュアル」
https://hp3.jp/wp-content/uploads/2019/09/14.pdf
島津明人研究所の研修プログラムでは、6週間かけて研修とジョブクラフティング計画の実行を2回行うとされています。ただし、あくまでも研修プログラムなので、ジョブクラフティング自体はさらに長期的に続ける必要があります。
ジョブクラフティング実施の注意点
ジョブクラフティングは、従業員にとっても企業にとってもメリットが大きいものの、実施に当たってはいくつか注意点も存在します。
・自主性を尊重する
・属人化を防ぐためにフィードバックをする
・チームで取り組むべき業務とは切り分ける
・結果を共有する
とくに企業が効果を追い求めると、本来得られるはずのメリットが損なわれる可能性もあるため注意が必要です。
自主性を尊重する
ジョブクラフティングの主体は従業員です。企業主体で進めてしまうと、従業員が主体性を発揮できません。企業側が「業務を改善しよう」「人間関係の問題点を洗い出して」「仕事に対する価値観をアップデートしよう」などを求めると、どうしてもやらされ感が強くなってしまいます。
また、従業員のアイデアや工夫を企業が否定してしまうと、メリットどころか従業員のモチベーションを下げかねません。
企業は、ジョブクラフティングに関する知識の提供や実施のサポートは行うべきですが、実際の取り組みでは従業員の主体性を尊重しましょう。
属人化を防ぐためにフィードバックをする
ジョブクラフティングを実施することで、仕事の進め方や他部署との連携プロセスといった業務が属人化する可能性があります。属人化とは、業務内容や手順、進捗状況についての情報が担当者しか把握できない状態を指します。業務の属人化が起きると、対象業務について特定の人材に依存することになるため、欠勤・退職が発生したときのリスクが大きくなってしまいます。
属人化を防ぐために、定期的にフィードバックを行ったり従業員間で意見交換をしたりと、取り組みを共有するようにしましょう。
チームで取り組むべき業務とは切り分ける
ジョブクラフティングは、あくまでも個々が自分の仕事に対するやりがいを高めるために行うものです。そのため、チームが連携して取り組む業務にはあまり向きません。
連携が必要な業務で、それぞれが異なる取り組みを行えば、チームワークを保てなくなる可能性があります。場合によっては、チーム内でのトラブルの原因になってしまいます。個人が主体的に取り組んでもチームには影響がない業務に対して用いるようにしましょう。
結果を共有する
ジョブクラフティングの実施プロセスからもわかるように、ジョブクラフティングではPDCAサイクルを回す必要があります。企業がジョブクラフティングを進める場合は、取り組みの結果を共有できる機会を作りましょう。自分の取り組みを共有することで、従業員同士のモチベーション維持や前向きな変化を刺激することができます。
また、同じ業務や職位の従業員であれば、情報を共有することで新しい視点や気づきを得られるかもしれません。
ジョブクラフティングの効果を高めるためのポイント
最後は、ジョブクラフティングの効果をより高めるためのポイントを解説します。
・主体的にジョブクラフティングを取り組める環境を作る
・社風としてジョブクラフティングを根付かせる
ジョブクラフティング実施時の参考にしてください。
主体的にジョブクラフティングを取り組める環境を作る
ジョブクラフティングを進めるときは、管理側への研修やワークショップを行うなど従業員の主体性が保たれる環境づくりにも配慮しましょう。
とくに、上司が部下を細かく監視したり、ネガティブな反応を見せたりするのはNGです。管理職の理解がなければジョブクラフティングは実現しないため、上司が部下を見守る姿勢が取れる環境を整えましょう。
社風としてジョブクラフティングを根付かせる
従業員と組織の持続的な成長のためには、社内にジョブクラフティングの考えを定着させることが重要です。自社ではジョブクラフティングに取り組むことが当たり前という企業文化や風土を作ることができれば、会社が先導しなくても、従業員自ら取り組めるようになります。
なお、社内に着実に根付かせるためには、従業員が反感ややらされ感を覚えないよう配慮し、理解を得つつ段階的に進めることが重要です。
まとめ
今回は、従業員が主体的に自身の仕事のやりがいを見出すことができる「ジョブクラフティング」について解説しました。ジョブクラフティングの実施は従業員のモチベーションアップや生産性の向上、社内コミュニケーションの活性化、離職防止など、企業側にも多くのメリットをもたらします。
ただし、ジョブクラフティングは、あくまでも従業員が主体的に行うべきものです。企業がジョブクラフティングの実施をサポートする際は、企業が「やらせている」形にならないよう注意してください。