スペシャルインタビュー

岩本 隆氏‐HRテクノロジーは企業にとって避けて通れない道。そして「人」の価値が、より高まっていく。~前篇~

岩本 隆氏‐HRテクノロジーは企業にとって避けて通れない道。そして「人」の価値が、より高まっていく。~前篇~

HRテクノロジー(HR Tech、HRテックとも)とは、ビッグデータ解析を始めとするIT技術を駆使して採用や人材育成、タレントマネジメント、労務管理などの人事業務を行うことを指す用語です。取り入れやすいクラウドサービスから、ピープルアナリティクスレベルの取り組みまで規模感はさまざまながら、現在どのような取り組みが行われているのでしょうか。慶應義塾大学ビジネス・スクール特任教授にして、HRテクノロジーの第一人者として知られる岩本隆先生にお話を伺いました。

全社的に、断片的に。各社で本格的な広がりを見せるHRテクノロジー

——HRテクノロジーは現状、どのような広がりを見せているのでしょうか。
岩本:HRテクノロジーという言葉自体は二十年程前からあったのですが、市場が急速に成長し始めたのはここ数年ですね。なかでもHRテクノロジー大賞やHRテクノロジーサミットなどのイベントが始まり、マスコミが注目し始めたのが2016年10月です。そこから火がつき、この1年で飛躍的な広まりを見せたと言っていいでしょう。

一番大きな要因は、政府で「働き方改革」が始まったことです。経済産業省の産業人材政策室が働き方改革にはHRテクノロジーが必要不可欠であると調査を開始し、経済産業大臣の世耕弘成大臣みずからが積極的に講演などでHRテクノロジーについて話されるようになりました。その結果、現在では人事担当者のみならず、経営者がセミナーに足を運んでくれるようになりました。トップダウンでHRテクノロジーに取り組む会社が増えてきたということです。HRテクノロジーという言葉がそれだけ浸透し、耳に止まるようになった証だと思います。

——実際の活用状況はいかがですか。
岩本:全社的な取り組みを行っている会社はまだ少ないのですが、断片的には進んでいます。全社的に取り組む企業は3つのパターンがあります。まずはベンチャー企業。年功序列などのしがらみがないまっさらな状態なので取り入れやすいからですね。2つ目はオーナー企業。トップダウンで改革ができるため、導入しやすいのです。3つ目は改革せざるを得ない会社です。たとえば日産はカルロス・ゴーン氏が入ってから人事がデータ化され、現在では日産の人事は非常に高いデータリテラシーをお持ちです。日立もリーマンショックの後、大きな改革に取り組んでいます。

それ以外の会社では一気には導入できず、採用から、育成からと断片的に実施しているところがほとんどです。ただ、かなり増えていますね。たとえば日立はピープル・アナリティクス・ラボ、パナソニックはHRラボ、パーソルは人事情報室など、データサイエンスと人事が一体となって、各社が組織を作り始めています。自社の研究所などからデータサイエンティストを呼んで分析を始めたり、慶應義塾大学ビジネス・スクールに相談が来たりといったケースも増えています。

HRテクノロジー関連のツールベンダーも活況ですね。テクノロジーを使うとコストが下がりますから、これまで人手でやっていて限界を迎えた企業が積極的に活用を検討しているようです。ポテンシャルは計り知れないと思います。

慣習、人材の流動性、業界の成熟……伸び悩む企業の課題が浮き彫りに

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——とはいえ、海外でのHRテクノロジー活況の様子とは大きな差がある印象です。日本でHRテクノロジーの普及を難しくしている原因はありますか。

岩本:アメリカでは何百社もHRテクノロジーの企業が立ち上げられ、中には時価総額2兆数千億円にのぼる企業も出るほどに活況です。日本の場合はまず、年功序列・終身雇用という慣習が大きなハードルです。これらは生産性とはリンクしていないうえ、数字で語ったら大変なことになります。そこまで思い切ったことをするのはなかなか難しい。ただ、日立や日産といった「改革しなければいけない会社」はメスを入れ始めています。

社内のHRテクノロジーだけでなく、社会全体にまで視野を広げてみると、大企業のコンプライアンスが厳しすぎるというのも日本でのHRテクノロジーの広がりを停滞させています。たとえば海外で広がっているビジネスSNSは日本では広がっていません。海外では人材の流動性が高く、グローバルではネット上の人材データを世界中から集めて最も優秀でマッチしそうな人をダイレクトに引っ張ってくる、という手法がスタンダードです。そのため個人がビジネスSNSに自分のプロフィールを細かく書いて自己アピールするのですが、日本の場合はそれをやると会社から怒られることが多いのです。日本企業も、海外ではビジネスSNSを活用して採用を行っているんですけれどもね。

こうした問題は、実は経団連でも議論されています。日本のトップグローバル人材のデータベースを作りたいけれどもできていない。ただ、今後は「人づくり革命」を政策としてやっていくので、そうすると企業も個人のデータを外に出すことを許さざるを得なくなるでしょう。

——現在、日本企業が抱える課題はなんでしょうか。それに対して、HRテクノロジーではどういった取り組みをしているのでしょうか。
岩本:課題として最もニーズが高いのはハイパフォーマーです。たとえば我々が行っているハイパフォーマー分析は、こういう人材像が必要だ、こういうキャリアを積んだらハイパフォーマーになれるといった定義作りを行って採用、育成、配置を行います。

背景には、すべての業界が成熟し、業界の中に次のビジネスの種がなくなってしまっているという現状があります。今までは、自動車業界なら自動車業界と、業界の中でビジネスが成長していました。その結果、業界の中であればハイパフォーマーであっても、そこから脱却できていないため新しいトライアルがうまくいかない、ということが続いているのです。本来なら「失われた10年」と呼ばれる90年代前半から次の成長に向けて取り組むべきだったのですが、それがなされなかったためでもありますね。

次の成長のためには、業界横断的な新しいビジネスを作らなければいけないという危機感が高まりつつ、そうした人材が社内にいない。しかし、いないとトランスフォーメーションができない。これからの自社のビジネスに通用するハイパフォーマーはどういう人なのか、という分析は各社、非常に熱心に行っています。

テクノロジーを抜きにして、グローバル展開も成長もない

——なるほど。HRテクノロジーを使うメリットは、単なるコストカットや効率化以上のものがある、ということですね。

岩本:そもそも日本企業はカンと経験、企業文化といったことで経営判断をしがちで、論理的な経営ができていないという問題を抱えています。よく日本企業が海外投資家にIRをすると、必ず「もっと効率化しろ」と言われます。それほど無駄が多い経営なのです。利益率も海外企業に比べて非常に低い。時価総額トップ50社のランキングを見ても、日本企業はほとんど入っていません。外国人投資家からすると、まるで魅力がありません。資金調達ができなければグローバルにも戦えない。グローバルスタンダードになろうと思ったら、HRテクノロジー活用は避けては通れない道と言えるでしょう。

利益率を無視して人の雇用を確保していることを良しとするのか、利益率を高めてグローバルに戦うのかの選択を迫られていると言い換えることもできます。日本のマーケットだけを目指しているなら、利益率は度外視でも良いのかもしれません。ただ、日本のマーケットはどんどん縮小しています。これまではグローバルスタンダードを目指さなくても、経営はできていたのでしょうが、これからグローバルカンパニーになろうと思ったらテクノロジーを導入して論理的・定量的に経営を見るようにしないと、通用しない時代が来ています。

【記事後編】

岩本 隆氏-HRテクノロジーは企業にとって避けて通れない道。そして「人」の価値が、より高まっていく。~後編~

<岩本 隆氏 プロフィール>
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、株式会社ドリームインキュベータ(DI)を経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)特任教授。

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