ヘッドハンターお薦め本

『不格好経営』「不格好」の中から得られる教訓

『不格好経営』「不格好」の中から得られる教訓

今回の一冊は「不格好経営 -チームDeNAの挑戦-」(日本経済新聞出版社/2013年6月11日発売)。DeNAの創業者、南場智子さんの著書です。
一般的なビジネス書とは違い、著者自身の経験を著者自身の言葉で語る、半ば自伝的な体裁です。ですがそこには、月並みなノウハウ本からは得られない、貴重な教訓が眠っています。

気負わず飾らず、自然体の一冊

ハードカバーで約250ページと、なかなかのボリュームの本書。内容は著者自身の回顧がほとんどで、DeNAの設立当時からのエピソードが描かれています。
著者は大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。その後渡米し、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得しました。帰国後はマッキンゼーに復帰し、コンサルタントとして活躍したのちに役員に就任。1999年に退社して、DeNAを立ち上げています。
この経歴を見ると、いかにも華々しく、切れ者というイメージを抱いてしまいます。
著者自身、おそらく仕事に対してはきびしく、真摯な人物なのでしょう。そうでなければ、想像を絶するほどの競争とスピードの中にある業界の最前線で、走り続けることはできません。
ですが、多くの媒体に登場する著者の姿は、そうしたきびしさをまったく感じさせません。穏やかで柔らかく、いかにも自然体な印象です。おそらくそれは、著者自身の人柄によるものでしょう。それは本書の文章全体にもにじみ出ています。気負いがなく、余計な装飾もない。回りくどい言い回しもしない。簡素な文章でありのままをつづり、その中で著者自身が感じたこと、得たものを、淡々と語っています。

さりげなく置かれた静かで深い言葉の数々

カリスマ経営者や敏腕コンサルタントによる指南書やハウツー本は、世の中に数多く出回っています。そしてそれら著作の中の何割かは、本人への取材という形で、プロのライターが文章を起こしたものもあります。
本を書くということは、慣れない人にとってはたいへんな作業ですし、時間もかかります。多忙なビジネスマンにとっては、難しいことでしょう。あまりにつたない文章に仕上げてしまっては、自分自身のイメージにも影響します。そのためライターを起用するのですが、本書は徹頭徹尾、著者自身の言葉で書かれています。
そのため、前後の脈絡がわかりにくい箇所もあるのですが、それもご愛敬。その一方で、示唆に富んだ深い言葉が、何の前触れもなくサラッと書かれているために、読む側もうっかり油断できません。しかもそれが、著者の思考ではなく経験、それも失敗に失敗を重ねた中でつかんだ言葉であるだけに、地に足のついた説得力があり、読者の心にスッとしみ込んでいきます。
著者自身が「まえがき」で述べているように、本書には著者自身、そしてDeNAという組織がこれまでに「やらかして」きたあれこれの失敗を、ほとんどそのまま、包み隠さずオープンしています。小さな失敗も大きな失敗も、つまらないエラーも凡ミスも、現場のリアル感そのままに、包み隠さず語っています。その理由を著者は、「ビジネスマンにも、経営者にも、そして何かに悩んでいる人にも、有効だと思ったから」だと言います。実際にそのとおりだということが、読了したあとでわかるでしょう。

人を育てるためには、胆力が必要

どのような組織でも、その組織を構成するのは「人」です。人が組織を作り、その中で人は育っていきます。優秀な人材を得て、さらに育てていくことが強い組織を作る…。経営者、あるいはマネージャーならば、誰でも理解していることでしょう。ですが、それを実現することは、実はたやすいことではありません。
そうした悩みにヒントを与えてくれるのが、本書の第7章「人と組織」。ここには、優秀な人材をどのように引き込み、育てていくのかが、著者自身の経験を交えて語られています。採用に大きなエネルギーと時間をかけ、育っていく環境を整え、存分に活躍できるステージを用意する。実力のあるスタッフにとっては、まさに最高の舞台です。この流れがDeNAの離職率の低さにつながり、結果として同社の高い競争力を生み出していると著者は分析しています。
また、人が育つためには「任せる」というプロセスが欠かせないということも、著者は熱心に語っています。
「人は仕事で育つ。成功体験でジャンプする。失敗を重ね、のたうちまわって七転八倒したあげくの成功なら大きなジャンプとなる」。
少し荷が重いかな…と思われるような案件でも、若いスタッフにどんどん任せる。決して簡単な仕事ではない。本人の能力値ギリギリ。失敗する危険性もある。
「…そのリスクはとろう、でも人が育たないリスクはとらない」。
失敗を恐れてチャレンジから遠ざけてしまっては、人が育つチャンスを失ってしまう。失敗を恐れず、成功を信じて任せることで、人は育っていく。人を育てるためには、それだけの胆力や度胸も必要、ということなのでしょう。

失敗の中にこそ、学ぶべきものがある

「不格好経営」という少々自虐的なタイトルどおり、著者は経営者としては、かなり不格好なさまを見せてきたと自覚しているようです。ですが本書は、単なる失敗の羅列ではありません。その失敗にどう向き合ったのか、その後のプロセスに焦点が当てられています。
どのような苦境でもあきらめず、むしろ「巻き返しのためのステージ」ととらえ、全力を尽くす。時に誰かの知恵と力を借り、時に死に物狂いで動き続ける。その軌跡の中からは、実に多くの教訓を得ることができます。著者自身、そうした失敗経験の中から、得難い財産を数多くつかんできたことでしょう。そこにこそ、本書の価値があります。
成功者によるサクセスストーリーというものは、とかく独りよがりになりがちです。成功を手にするためのさまざまな方策が並べられていても、すべての人々にそれが当てはまるかというと、決してそうとはいえません。
ですが、失敗したあとにどのように巻き返し、そこから何を学び、何を得たのか。それは多くの人々…ビジネスマンだけでなく、迷いや苦難の中にある人にとって、大きな力となるはずです。
「正しい選択をすることと同等以上に、その選択を正しいものにすることが重要だ」。
本書でさらりと語られるこの言葉は、多くの人々を迷いから救い、勇気を奮い立たせてくれるのではないでしょうか。

こんな記事も読まれています