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『思考の整理学』一気に読める伝説的エッセイ

『思考の整理学』一気に読める伝説的エッセイ

今回の一冊は「思考の整理学」(筑摩書房/1986年4月24日発売)。「ちくまセミナー1」として1983年に刊行されたものを文庫化したものですが、この30年の販売部数はなんと200万部以上。まさに時代を超えたロングセラーです。その人気の秘密を、少しだけ解き明かしてみましょう。

何も教えてくれない「考え方の教科書」

タイトルだけ見ると、思考整理のためのハウツー本のように思えます。考え方のヒント、発想のしかた、アイディアを論理的に組み立てて形にするための手順。そうしたあれこれを教えてくれそうな気がします。
確かにビジネス書の中にはそうしたジャンルが確立されていますし、中には非常に役立つものも存在します。
こうした本は、考えることに慣れていない人、ことに経験の少ない若いビジネスマンにとっては、ありがたいものでしょう。上司から「来週までに、企画を3本作ってきなさい」などと唐突に指示を出され、何をどうすればいいのかわからず、おろおろするばかり…。新人の多くが経験することです。そんなときにも、具体的な発想法やアイディアの作り方などを指南してくれる本があれば安心です。
ですがこの本は、そういったものではありません。そもそも何かを「教えてくれる」本ではないのです。本書は読者に、何も教えてはくれません。ただ、著者自身が考えたこと、思ったこと、その上で実践してみたことについて語っているだけに過ぎません。「このような問題は、このように解けば良い」というような読者への働きかけが、ほとんど感じられないのです。ですが、本書が「考え方の教科書」であることもまた、間違いありません。

多才な著者の、いたずらな一冊

著者は、英文学者である外山滋比古(とやましげひこ)氏です。英文学者であると同時に評論家であり、また非常に優れたエッセイストでもあります。その文章は平明でわかりやすく、読んでいて引っかかるところがほとんどありません。あまりにすらすらと読め、理解できるので、さして難しい文章には見えないのですが、こうした文章自体が才能の表れでしょう。お茶の水女子大学名誉教授、昭和女子大学教授を歴任した教育者です。

「教育者なのに『教えてくれない』とは、どういうことだ」

読者としては、そんな疑問が起こるかもしれません。
おそらく著者は、教育者としての長い経験の中で、独自の教育論を培ってきたに違いありません。それは、本書の冒頭の一節「グライダー」にはっきりと記されています。ここで著者は自身の論を、はっきりと述べています。その上で、本書を正しく読み取るためのルールを宣言しているようにも見えるのです。

「私は、手取り足取り教えません。読者の皆さんが読み取り、学んでください」。
本書カバーの折り返しに印刷された、いたずらっぽい笑顔の著者の写真が、そんなセリフを想像させます。

並んだ言葉のさらに奥を探ってみよう
そのような意識でこの本を読み進めてみると、どうやら一筋縄ではいかない本のように感じてきます。「そこに書いてあることがすべてだとは限らないな」という疑心が芽生えてくるのです。

「著者はこんなことを言っているけれど、本当にそうなのか?」。
そんな気持ちが湧いてきます。
例えば「朝飯前」という項目で、著者は言っています。
「朝飯前」という言葉は、「朝食前ですらできる程度の仕事」と解釈されている。だがこの言葉は、本来「仕事を効率良く片付けるなら、朝食前が一番だ」という意味だったのではないか。
こう考えた著者は、みずから実践してみた上で「朝の仕事が自然なのである」と断じ、夜型だった生活を朝型に切り替えました。朝食をとるまえ、つまり「朝飯前」に、さまざまの仕事をするようにしたのです。そして、効率を高めるため、「朝食を抜けばいい」という結論に達します。これなら、昼食までの仕事はすべて「朝飯前の仕事」ということになります。空腹によって頭脳は冴え、仕事の効率はより高まります。
さらに、朝食兼昼食をとったあとに一眠りすれば、目覚めたときがまた「朝」になります。そうすれば、次の朝食(実際には夕食なのですが)までの時間が「朝飯前の時間」となって、1日を2日分使うことができます。
何やら禅問答のような話です。しかし、「先生、それは違うでしょう」という突っ込みを、むしろ著者は待っているようにも思えます。

「そうかい? じゃあ、君はどう考える?」。
そこから始まる読者一人ひとりの思考の芽生えを、引き出すきっかけを本書は与えてくれるのです。

みずから考え、学ぶことの重要さを知る

知識は、教わるのではなくみずから考え、学び取ることで身に付き、役立てることができる。本書を読むと、そうしたことを実感します。実際に、私たちは十数年もの長い時間をかけて学校に通い、膨大な知識を「教わり」ますが、いったいそのうちのどれほどが身に付いているでしょうか。どれほどが、日々の生活の中で役立っているでしょうか。むしろ、誰も教えてはくれなかったけれども、社会の中で経験し、考え、失敗しながら学び取ったことのほうが、遥かに役に立っているという例は少なくないはずです。
繰り返しになりますが、本書は何も教えてはくれません。ただ提示してくれるだけです。本書を触媒として、何を考え、何を学び取るかは、すべて読者に委ねられているのです。
「思考の整理学」をビジネス書としてとらえるのは普通ではないことかもしれません。ですが本書の中には、あらゆる「How to」を生み出す母体となる、考えるヒントが豊富に埋め込まれています。
それに気付き、取り上げ、活かすかどうかは、読者であるあなた次第です。

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