裁量労働制とは?制度の特徴・導入のメリット・注意点をまとめて解説

一部の業務・職種のパフォーマンスや生産性を向上させる手段として、「裁量労働制」が挙げられます。裁量労働制は混同されがちな制度があったり、トラブルの元になったりすることも。
今回は、適切に導入できればメリットも大きい、裁量労働制についてわかりやすく解説します。
目次
裁量労働制はどのような制度なのか?
まずは、裁量労働制の基本を確認しましょう。正しく理解しておかないと、違法に制度を導入・運営してしまうことになりかねません。
裁量労働制の概要
裁量労働制とは、労働時間について、労働者が自分の判断で決定する労働契約です。みなし労働時間制の1つで、労働時間が契約で取り決めた時間より長くても短くても、契約した時間分の給与が支払われます。たとえば、勤務時間は7時間という契約であれば、実際の労働時間が7時間以下でも7時間分の給与が発生します。一方、7時間以上働いたとしても、基本的には残業代が発生しません。
この裁量労働制は、企業や労働者が一方的に始めることができるわけではなく、労使協定を締結することで初めて導入が可能になります。
裁量労働制の目的
どのような目的があるのか分かりにくい裁量労働制ですが、一部の職種におけるパフォーマンスアップと生産性の向上を目的としています。
たとえば、研究や設計など専門的な技術職の場合、勤務時間が固定されていることで、業務効率が悪くなったり、成果を出しにくくなったりします。裁量労働制を導入することで、労働者が自由に時間を使いやすくなるので、途中で休憩を取る、または一気に作業を進めるといった選択ができるようになります。
裁量労働制と他制度との違い
多様な働き方が認められるようになっている現代、裁量労働制をはじめ自由な働き方につながる制度が複数普及されています。ここでは、裁量労働制と、裁量労働制と混同されがちな制度を比較、その違いについてわかりやすく確認しましょう。
高度プロフェッショナル制度との違い
高度プロフェッショナル制度とは、特定分野の高い専門知識を有する人について、一定以上の年収がある・職務範囲が明確である場合に、労働時間や深夜の割増賃金の規定を適用しないという制度です。
高度プロフェッショナル制度と裁量労働制の大きな違いは、対象となる業務・職種と、残業代・割増賃金の有無にあります。高度プロフェッショナルは、海外のホワイトカラーエグゼンプションを基にしていることもあり、アナリストや研究開発職など特定の職種に限定された制度です。収入に対する要件もあります。一方、裁量労働制では対象者の指定はされていますが、高度プロフェッショナル制度よりも幅広い業務・職種が対象となります。
また、高度プロフェッショナルでは、時間外・休日・深夜の労働に対して割増賃金が発生しません。しかし、裁量労働制では、深夜・休日の労働に対して割増賃金が発生します。
フレックスタイム制度との違い
フレックスタイム制度とは、労働者が始業・終業時間を決められる制度です。あらかじめ総労働時間が決められており、その範囲内で労働者に始業・終業時間の裁量があります。
フレックスタイム制度と裁量労働制の違いは、対象者と労働者の裁量の範囲にあります。フレックスタイム制度は業務内容や職種を問わず、企業と労働者の合意で導入することができます。一方で、裁量労働制には、対象となる業務・職種が限定されています。
また、フレックスタイム制度の場合、定められた所定労働時間は勤務しなければなりません。場合によっては、出社していなければならない時間「コアタイム」が定められているケースもあります。一方、裁量労働制では、みなし労働時間があるため、労働時間が契約で定めたものより短くても問題ありません。
事業場外みなし労働時間制との違い
事業場外みなし労働時間制とは、労働者が社外で業務に従事し、企業側が指示監督を行なえず正確な労働時間を把握することが難しい場合に、あらかじめ定められた時間働いたとみなす制度です。
事業場外みなし労働時間制と裁量労働制の大きな違いは、対象となる業務にあります。フレックスタイム制度では、外回りが多い業務や出張が多い業務、衣食住を行う自宅で仕事を行う場合で、インターネットや電話を用いても指示を出せない、デバイスや通話の記録から労働の有無を把握できない業務が対象です。業務内容や職種というよりは、指示監督ができないケースが対象といえます。一方、裁量労働制の場合は、対象となる業務・職種があらかじめ定められており、範囲外の業務では制度を採用できません。
みなし残業制度(固定残業代制度)との違い
みなし残業制度(固定残業代制度)は、実際の労働時間にかかわらず、契約時に定めた残業時間は働いたとみなす制度です。ここまで紹介した制度とは違い、法的に整備された制度ではありません。
みなし残業制度と裁量労働制の違いは、対象者と、働いたとみなす労働時間にあります。みなし残業制度は、法的には存在しない制度なので、どのような業務・職種であっても、企業と労働者の合意があれば導入できます。一方、裁量労働制は定められた業務・職種の範囲があります。
また、みなし残業制度では、“時間外”労働時間が対象です。そして、契約で定めたみなし残業時間分以上の残業代は、残業時間がみなし時間よりも多くならなければ支払われません。裁量労働制では“所定”労働時間を対象とします。そして、みなし労働時間が法定労働時間を超えれば残業代が、深夜・休日の労働には割増賃金が発生します。
変形労働時間制との違い
変形労働時間制とは、月・年単位で労働時間を調整する制度です。閑散期と繁忙期が分かれる事業において、月・年単位で法定労働時間を守れる労働時間を設定します。たとえば閑散期は労働時間を7時間とし、繁忙期だけ労働時間を10時間にするといった具合です。
変動労働時間制と裁量労働制には、労働者の裁量の有無に大きな違いがあります。変動労働時間制では、労働者に裁量はなく、企業側が時期ごとに定めた労働時間で働きます。裁量労働制では、労働者の判断で毎日の労働時間を決められます。
裁量労働制の特徴
ほかの制度との違いが明確になったところで、裁量労働制がどのような制度なのか少し詳しく掘り下げていきます。
勤務時間・出退勤時間は自由となる
裁量労働制では、労働者に労働時間の裁量があります。そのため、労働者は、出社・退社時間から、始業・終業時間、労働時間の長さまで自由に決めることができます。コアタイムもなく、仕事の調子が上がらなければ、午前中だけ仕事をして帰宅しても問題はないのです。
裁量労働制の採用には労使協定の締結が必要
裁量労働制の採用には、労使協定の締結が必須で、企業側が勝手に導入を決めることはできません。
なかでも、労働基準法第36・37条にある「時間外および休日労働」にはとくに注意が必要です。時間外労働とは、1日8時間・1週間に40時間という法定労働時間を超えて労働させること。休日労働とは、1週間に1日または4週間で4日の法定休日が取れない状態で労働させることを指します。裁量労働制を導入し労働者に時間外労働・休日労働をさせる可能性がある場合には、労働基準法第36条に基づく労使協定、いわゆる36協定(サブロク協定)を締結し、労働基準監督署に届け出なければなりません。
時間外労働の割増賃金(残業代)は特例を除き発生しない
裁量労働制では、実際の労働時間が契約で定めた労働時間より長くても短くても、定めた労働時間分働いたとみなす制度です。始業・終業時間も労働時間の長さも決まっていないので、そもそも時間外労働がなく、原則として時間外労働に対する割増賃金、つまり残業代が発生しません。
ただし、例外があり、先にお伝えした深夜労働・休日労働については割増賃金が発生します。
みなし労働時間の算出には労使の合意が必須
労使協定の締結が必要であることからも分かるように、みなし労働時間の算出には、労働者側の合意が必要です。そしてその合意を得る際にも、企業は労働者に対して評価制度・賃金制度・対象業務を十分に説明し、労働者が理解していなければなりません。たとえば、10時間かかる業務を実態よりも短く見積り、みなし労働時間を7時間に設定、賃金の支払いを減らそうとする契約は認められていないのです。
裁量労働制の種類
それでは、どのような業務・職種であれば、裁量労働制が導入できるのか確認しましょう。裁量労働制には、専門型裁量労働制と企画型裁量労働制の2つがあり、対象となる業務・職種がそれぞれ法律で決まっています。対象の業種以外では裁量労働制は適用されません。
専門業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制は、業務方法に労働者の裁量が求められ、かつ業務遂行の手段・時間配分を指示するのが難しい業務に対するものです。対象の業種は下記の19種類があります。
<専門業務型裁量労働制の対象業務>
- 新商品・新技術の研究開発、または自然科学研究の業務
- 情報処理システムの分析・設計の業務
- 新聞・出版や放送番組の制作取材・編集の業務
- ファッションデザイナー・インダストリアルデザイナー・グラフィックデザイナーの業務
- 放送番組・映画などのプロデューサー・ディレクターの業務
- コピーライターの業務
- システムコンサルタントの業務
- インテリアコーディネーターの業務
- ゲームソフト作成の業務
- 証券アナリス・金融商品開発者など金融商品開発の業務
- 大学研究者・大学教授の学校教育法に基づく教授研究の業務
- 公認会計士の業務
- 弁護士の業務
- 建築士(一級建築士・二級建築士・木造建築士)の業務
- 不動産鑑定士の業務
- 弁理士の業務
- 税理士の業務
- 中小企業診断士の業務
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制は、業務方法に労働者の裁量が求められ、かつ業務遂行の手段・時間配分を指示しない企画・立案・調査・分析の業務に対するものです。具体的には、経営企画や人事、財務・経理、営業、生産管理、企画戦略など。専門業務型裁量労働制の対象になった業務より、業務内容が不明瞭なものが多いため、導入には条件があります。
企画業務型裁量労働制を導入できるのは、本店・本社の事業場、または事業運営に大きな影響を持つ事業場、本社・本店からの指示を受けず独自に事業計画や営業計画を行っている事業場のみ。工場や、本社・本店からの指示で動く支店などは対象外となります。
企業が裁量労働制を採用するメリット・デメリット
それでは、裁量労働制を導入することで、労働者のパフォーマンス・生産性アップ以外に、どのようなメリットを生むのでしょうか。ここからは、裁量労働制のメリット・デメリットを確認します。
メリット①優秀な人材を確保しやすい
もともとホワイトカラーエグゼンプションを参考にして作られたことからも分かるように、裁量労働制は専門的な知識やスキルを持つ優秀な人材向けの制度です。高い専門性を持つような職種の場合、労働時間が生産性に正比例しないことは多く、優秀な人材ほど自身で業務方法や労働時間をコントロールできるほうが能力を発揮できる傾向があります。裁量労働制を導入すれば、自由な働き方を求めて、優秀な人材を確保しやすくなるのです。
メリット②人件費の総額が予測しやすい
人件費は企業の支出のなかでも特に大きく重要な項目で、企業経営に直結しています。裁量労働制では、原則として残業代が発生しないことから、みなし労働時間の固定給と計算し、毎月の人件費を早い段階で把握することができます。人件費を予測できれば、必要な売り上げや投資に使える予算などの正確な算出に役立つでしょう。
メリット③労働者のモチベーションアップにつながる
ぎちぎちに管理されるより、自分の裁量が広いほうが、モチベーションが上がる人は多いものです。裁量労働制では、自分の希望に合わせて仕事を進めやすく、労働者の仕事に対するモチベーションアップにも効果的です。
メリット④労務管理業務の負担を軽減できる
裁量労働制では、みなし労働時間があるため、一般的な労働者のように厳密な労働時間の管理は不要です。休日労働・深夜労働で割増賃金は発生しますが、特殊な時間に働く機会はそう多くないものです。裁量労働制を導入することで、労働時間の把握や残業代の計算など労務管理の負担を減らすことができるのです。
デメリット①導入手続きに時間・労力・知識が求められる
裁量労働制の導入には、時間も労力も知識も求められます。労使契約の締結や就業規則の変更、企画型裁量労働制に関しては労使委員会の設置や委員会による議決なども必要です。法的な定めがある制度なので、適切に導入・運用しなければ、違法行為となり、訴訟に発展したり制度の導入を無効にされたりすることもあります。
デメリット②チームで行う業務を進行しづらい
裁量労働制では、労働時間が各労働者の裁量に任されているため、だれがいつ社内にいるかはっきりしません。そのため、チームで細かな連携を取りながら進める業務であれば、メンバーが揃わず、業務遂行の効率が悪くなる可能性があります。チームで動く場合は通常よりもチーム内で密なコミュニケーションが求められます。
デメリット③長時間労働が常態化するリスクがある
1日の労働時間が決まっていないことから、長時間労働が常態化する恐れもあります。裁量労働制ではみなし労働時間よりも長く働いても、基本的には残業代が出ません。そのため企業側が人件費削減しようと、みなし労働時間を短く設定し、みなし労働時間では終わらない業務量を与える事例も発生しています。
裁量労働制を導入するときの流れ
実際に裁量労働制を導入する場合、どのように手続きを進めれば良いのでしょうか。ここでは、専門業務型裁量労働制・企画業務型裁量労働制の導入の流れを簡単にわかりやすくご紹介します。
専門業務型裁量労働制の場合
①専門業務型裁量労働制が適用できる業務なのかを確認する
②以下の7項目について定めた労使協定を締結する
<労使協定で定める項目>
- 対象業務
- 業務遂行の手段。方法・時間配分の具体的な指示を行わないこと
- みなし労働時間
- 労働時間の状況に応じた健康・福祉を確保するための措置
- 苦情処理のための措置
- 決議の有効期間
- 健康・福祉を確保するための措置と苦情処理のための措置に関して、労働者ごとの措置の記録を協定有効期間と期間満了後3年間保管すること
③ 「専門業務型裁量労働制に関する協定届」を作成する
④ 就業規則を変更する
⑤ 所轄の労働基準監督署に届出をする
⑥ 雇用契約書を更新する
⑦ 制度を実施する
就業規則に関しては、専門業務型労働を命じることがあることや、休日・深夜労働は申請が必要であることなどを明記しましょう。
企画業務型裁量労働制の場合
① 企画業務型裁量労働制が適用できる業務・事業所なのかを確認する
② 労使委員会を組織する
③ 労使委員会で話し合い下記の8事項を決定する
<労使委員会で定める項目>
- 具体的な対象業務
- 具体的な対象者
- みなし労働時間
- 労働時間の状況に応じた健康・福祉を確保するための措置
- 苦情処理のための措置
- 制度の適用に関する労働者本人の同意の取得と、不同意の労働者に対する不利益な扱いの禁止
- 決議の有効期間
- 制度の実施状況について記録を取り、保存すること
④ 労使委員会で8事項について委員の5分の4以上の多数によって決議する
⑤ 就業規則を変更する
⑥ 所轄の労働基準監督署に届出を出す
⑦ 労働者本人の同意を取る
⑧ 制度を実施する
⑨ 決議をした日から6ヶ月以内ごとに1回労働基準監督署に定期報告を行う
裁量労働制を採用時の注意点
最後は、裁量労働制を採用するときに知っておきたい注意点について解説します。
割増賃金率は労働基準法第37条を遵守する
法定労働時間を超える労働・深夜労働・休日労働をしたときの割増賃金は労働基準法37条によって定められています。
- 法定時間外労働=1日8時間・1週間40時間を超える労働。基礎賃金の1.25倍が割増。1ヶ月に60時間を超える場合は1.5倍の割増。
- 深夜労働=22時から翌5時までの労働。基礎賃金の0.25倍が割増。
- 休日労働=法定休日の労働。基礎賃金の1.35倍の割増。
休日労働+深夜労働になれば、0.25+1.35=1.6倍の割増になります。
求人を出す場合は裁量労働制であることを明示しなければならない
裁量労働制を導入している場合、求人を出すときには応募者が見逃さないよう裁量労働制を採用している旨を明記する必要があります。
<記入例>
・専門業務型裁量労働制により、○時間労働したとみなされます。
・企画業務型裁量労働制により、出退勤の時間は自由です。○時間働いたとみなされます。
企業は業務の遂行方法・労働時間の配分を指示できない
裁量労働制を導入している企業は、労働者の裁量を実態として確保しなければなりません。企業側が労働者の業務の遂行方法や労働時間の配分を指示することはできないことになっています。
企業のなかには、労働者に裁量権を持たせない名ばかりの裁量労働制となっているケースもあります。労働者の裁量権が乏しい場合、裁量労働制の適用が認められず、企業は労働者に対して通常通りの残業代を支払う必要があります。
裁量労働制の悪用は厳禁!従業員の不利益にならないよう注意
長時間労働が常態化したり、実態として労働者に裁量がなかったりと、企業が人件費を削減しようと企業が裁量労働制を悪用しているケースが見受けられます。また、労使協定を結ぶ過程で適切な手続きがなされず、労働者側が一方的に不利益を被っていることも多くあります。
企業が裁量労働制を悪用している場合、労働者は企業に対して訴訟を起こし、未払いの残業代を請求できます。裁量労働制を悪用した企業は、社会的な信用を失うだけでなく、優秀な人材の流出にもつながります。裁量労働制は、適用できる業務・職種に対してのみ、適切な手順を踏んで導入し、正しく運用しましょう。
裁量労働制を導入して高い成果を生み出そう!
今回は、裁量労働制についてわかりやすく解説してきました。裁量労働制は、適した業務・職種であればパフォーマンスや生産性アップに効果的です。ただし、裁量労働制の特性を悪用し、残業代を適切に支払わなかったり、長時間労働を強いたりとトラブルも多数発生しています。悪質な行為は、優秀な人材を流出させ、結果的に生産性や利益にマイナスな影響を及ぼすため、労働者に不利益を被らないよう適切に活用してください。