
メディア掲載
株式会社フルキャストホールディングス 平野岳史
フリーターから上場企業の社長へ
上田 すべての人には輝く場がある」。フルキャストの平野岳史社長はこんな持論を持っています。聞くだけで幸せになりそうな考えを持つ社長は、どうやって人を活かすのか。読者の皆さんに、ぜひ紹介したいと思ってご登場いただきました。
平野 「輝く場がある」。これは、私の人生の姿ですよ。私自身はフリーター生活を経て、起業しましたからね。
上田 それが今では、東証一部上場企業の創業経営者でしょう。努力すればゼロからでも成功できる。平野社長とフルキャストは「時代の象徴」のような存在に思えます。
平野 社会の皆さん、特にフリーターや二ートの方に「ここに例がある」と思っていただければ、うれしいですね。
上田 急成長企業の社長にば「アグレッシブさ」や「ハングリーさ」が前面に出る場合もあります。けれども、平野社長には微塵も威圧感がない。落ち着いているし、人を立てる風格があるでしょう。そして、若手ベンチャー企業家の「兄貴分」ですよね。
平野 そんな人格者かなぁ(笑)。最初は相当とんがっていたと思いますよ。そういうエネルギーがなければ、底辺からはい上がれなかったでしょう。ただ会社の成長とともに私も変わったと思います。
会社の成長で社長も変わった
上田 そういえば、初めてお会いしたころはもっとアグレッシブな雰囲気でした。「面白い人材ビジネスをする若者がいる」と聞いて、一五年ほど前に訪ねました。
平野 渋谷の薄暗い雑居ビルに会社があったころですか。あのときに「この会社は大丈夫か」なんて思いませんでしたか。
上田 正直に言うと、思いましたね(笑)。ただ話をうかがってから考えが変わりました。軽作業の人材アウトソーシンクはそれまでありませんでしたから、伸びるだろうと予想しました。
平野 私はここまでフルキャストが成長するとは、予想していませんでしたね。
上田 急成長には理由があるはずです。知り合いがフルキャストで働いているのですが、平野社長のマネジメント能力が、その秘密だと言っていました。
平野 そうかなぁ(笑)。
上田 社内の会議は自由闊達なのに、平野社長は辛抱強く人の話を聞き、意見をまとめる。ベンチャー企業の創業社長は「オレが、オレが」と前に出る人が多いから、あそこまで謙虚な人は少ないと。
平野 本当は口を出したいですよ(笑)。前は全部自分で決めて走って、社員にフォローしてもらいました。効率がよかったからです。今は、人を育て、任せ、締めるところは締めるやり方のほうが、会社が伸びます。私も楽ですし。
上田 変わるきっかけが何かあったのですか。
平野 成長した自覚は、あまりないのです。気付いたら、こうなっていました。悩んだり、人のサポートがあったり、いろいろと試行錯誤する中で、緩やかに変わったのでしょうね。今のようなスタイルになったのは二〇〇一年のジャスダック上場前ごろでした。
上田 以前とどのように違うと感じたのですか。
平野 それまでは一つの方向にしか物事が進まず、思考の幅の狭い、いわば「平野商店」でした。ところが、組織を整えると、私の知らないところで物事が生まれ、きちんと進み、完結するようになった。「組織はこういうものなんだ」と、整えた後に自分で驚いたのです。
幹部も会社と一緒に成長した
上田 わかるなぁ。成長する過程で、経営者はみんな同じような経験をしますよ。経営での苦労話はいっぱいあると思いますが、その中で「人」の苦労はありますか。
平野 たくさんありますが、今となってはいい思い出です。創業から石川(石川敬啓取締役、兼フルキャストファクトリー及びフルキャストセントラル社長)と、貝塚(貝塚志朗取締役、兼フルキャストテクノロジー社長)の三人で、ずっと一緒にやっています。
上田 そういう「助さん、格さん」の立場の人と長い関係が続くのも珍しい。ずっと良い関係ですか。
平野 いいえ、対立ばかり(笑)。私は二五歳のときに起業して、二年間は食うや食わずでした。おカネがないので石川と一つの「ノリ弁当」を分けて食べる時期もあった。けれども、カツカツながらも「食うことができる」程度の成長をすると問題が出てきましたね。
上田 どんな問題でしたか。
平野 「会社を自分一人で回している」という思い上がりが、私の中に生まれたんです。ちょっとしたことで怒って、石川に「辞めていいんだぞ」と言った。そうしたら、次の日から本当に来ない。
上田 へぇ。今の平野社長の姿を見ると、想像できないですよ。
平野 後で聞くと石川も一週間経って「そろそろ行かなくちゃな」と思っていたみたいですけれど(笑)。最終的に私が謝りました。私も彼らも成長し、変わったんです。
上田 そうした「同志」の変化のエピソードはほかにありますか。
平野 創業のころ石川は私によくつっかかってきました。「社員の代弁者として言わせてもらう。平野さん、ここがおかしい」とね。フルキャストの新拠点を設置するとき、私が立ち上げをして、既存店の運営を石川に委ねたんです。「君はここの社長だ。任せるので自由にやれ」と言って。
上田 どうなつたんですか。
平野 彼は下から突き上げを受けて立ち往生。その後で、「社長の苦労がわかりました」としみじみと言っていました(笑)。
上田 石川さんには気の毒だけど「親になって、初めて親の苦労がわかる」ということか(笑)。
平野 石川も貝塚も、ゼロから物を作るのがうまいので、グループ会社の社長を任せています。彼らに「トップに立って昔のオレの気持ちがわかったか」と、からかっていますよ(笑)。
急成長の弊害を乗り越える方法
上田 会社はそうした「同志」だけでは成り立ちません。成長企業には新しい人材が入るもの。以前からの社員と、新しい社員の間で葛藤があったのではないですか。
平野 その通りです。ジャスダック上場直前から優秀な人がたくさん入るようになりました。彼らを盛り立てると、昔からの人は面白くないでしょう。
上田 どのべンチャーでも、それは成長の壁になります。それはどうやって解決したのですか。
平野 いい意味で競争させました。えこひいきはなし。そして危機感を持てと。結果を出し、成果を全員で共有すると、自然と新旧の葛藤がなくなりました。
上田 ここまで会社が成長するのに、決して順風満帆ではなかった。苦労は多そうだ。
平野 私は小さいころ、父親を亡くし、母親の手で育てられました。決して裕福な境遇ではありません。フルキャストを始めても、決算で利益が数百万円の時代が続き、「売れない歌手時代」と今では振り返ります(笑)。金融機関も相手にしてくれず、社会の厳しさも十分すぎるぐらい味わった。そのために、会社も私も「雑草」みたいに、たくましくなりました。今でも浮かれる気持ちはないですね。
上田 こうした苦労が、人の心を読めるマネジメントにつながるのでしょう。人に仕事を任せる場合平野社長はどの点を重視しますか。
平野 「バランスのいい人」を信頼します。相反する二面性を、うまく自分の内面にまとめている人です。大胆でありながら、行動は綿密とか。情熱と同じぐらいの冷静さを持つとか。そして、それを場によって適切に使い分けられる人は、本当に感心しますね。
上田 なるほど。矛盾をうまくまとめる人。確かに「奥行き」を感じます。ただ、最近の人材活用の流行とは、やや違いますね。「一つのことに秀でろ」「専門性を伸ばせ」と強調されますから。
平野 私もそう思った時期がありました。もちろん専門性は卓越していなくてはいけません。ですが、それを活かす基盤は何かと考えると、バランスでしょうね。
一揮の提供を顧客、社員に行いたい
上田 今はどれほどの方がフルキャストグループに関与しているのですか。
平野 約一四〇万人の方にご登録いただき、仕事を仲介しています。グループの社員数は、約三〇〇〇人です。
上田 そんなにたくさんですか。それほどの人を活かしきることは難しいでしょう。
平野 そうですね。「今立っているところで、掘り下げてみようよ」と、機会を見つけては登録スタッフに訴えています。掘り下げれば、そこが「場」に変わります。そして社員にも、登録スタッフをサポートして「場」を用意するようにと、訴えます。
上田 社員の方にも、「場」を用意するのですか。
平野 常に心がけています。「少し早いかな」と思えるぐらい、若い社員にポジションと権限を与えようとしています。
上田 急成長の会社は若くても権限を与える場合が多いですね。
平野 ただ気を付けなければなりません。よく「一二〇%主義」と言われ、背伸びをさせると、実力はつきます。しかし、場合によっては、その人がつぶれる例もありますから。ケースごとですね。
上田 ベンチャーでは採用活動も重要です。工夫はあるのですか。
平野 僕が最初に会って、できる限り応募者と話し合うようにします。初めの印象は大切ですから。「人材は宝です。そのために、全国どこでもグループのトップである私が会いに行きます」というメッセージから採用活動を始めるのです。口先ではなく、行動で示さなければね。
上田 どんな人を選ぶのですか。
平野 チャレンジ精神を持ち、自己完結する人と仕事をしたい。自分で考え、計画を立て、実行し、
成果を残す人。部品であってはならない。
上田 そのチャレンジ精神はどうやって見極めるのでしょうか。
平野 数分間で心の内面までは見通せません。どの点に魅力を感じるかというと雰囲気、つまり目線の強さや体から発する「オーラ」です。これが大事だと思います。言葉にあらわすと暖昧ですが。
上田 いや、私もそう思います。完全とは言わないまでも、最初の五分でだいたいその人の姿は見えますよ。では、入社した人の評価はどうするのでしょうか。
平野 むずかしいですね。数字での指標もありますが、それ以外でも評価します。接客の姿とか、お客さまの満足度。例えば、登録スタッフの定着率が上がった、数が増えたなどです。人材ビジネスでは、そうした面も重要でしょう。
上田 すると、拠点やチームへの評価が多くなるのではないですか。
平野 そうです。人材ビジネスはスタンド・プレーがまかり通ってはいけないと思います。それは、お客さまに同じ質のサービスを供給し、信頼を保つためです。一人のスターじゃ成り立ちません。
上田 それは同感です。ただ、チャレンジ精神や積極性と、チームワークは両立できますか。
平野 可能です。長く観察すると、スタンド・プレーをする人はうまくいかなくなる。短期的には成果を出しても、中長期的にはチームの中で浮いてきます。すると、成果が続かなくなりますから。
上田 よく見ているなあ。さきほど「バランス」という話をしましたが、ここでも、「バランス」が大切になりますね。
フリーターのための学校を作る
上田 今後のフルキャストは、どんな方向に進むのでしょうか。フリーターや二ートのための「グローイングスクール」を四月に創設されました。その活動をぜひ知りたいと思います。
平野 誰でも光り輝く場があることを、フリーターの人たちにもわかってほしい。その手伝いのための場を作りたかったんです。スクールも就職したら卒業」という形にしました。そして、自己啓発やコミュニケーションなどのカリキュラムを増やして、人生に役立つ場にしたいのです。今は東京の渋谷だけですが、全国に広げたいと思います。
「人を活かす」世界一の会社と呼ばれたい。「誰からも愛される会社」それが私の夢です。
上田 フルキャストは「フリーター」と呼ばれる人たちのサポートをして、成長してきました。
平野 そうですが、フルキャストに対して「けしからん」とか、「フリーターを増やしている」なんて批判もあるのです。
上田 そんなことはないでしょう。その人たちの生活を助ける役割を果たしているのですから。
平野 私たちは決してフリーターを利用しているわけではありません。定職を見つけてもらい「輝ける場」を作ることが私たちの使命です。誇りを持って社員は仕事をしています。フリーターや二ートといっても、夢を追う人だっているでしょうし、仕方なくそうなった人などさまざまです。ひとくくりにして否定的に見るべきではないでしょう。
上田 私もそう思います。平野社長は受講生に何を訴えるのですか。若者に「夢を持て」という人は多いですけれど。
平野 私は「夢を一緒に見つけよう」と言います。フリーターの皆さんと語り合うと、どうやら夢自体が見つからない例が多いですよ。だから、「やりたいことを一緒に見つけよう」「動いてわかることは多いから、まず動こう」。こう呼びかけます。私だって高邁な理想だけでビジネスを始めたわけではありません。成功を夢見ながら、何をしていいのかわからず、悪戦苦闘の日々を続けた結果、今があるのです。
上田 素晴らしい話ですね。ただ、人は場によって変わるものですか。
平野 変わります。場が与えられれば、人は必ず輝き始めますよ
フルキャストの目指すものは何か
上田 とすると、フルキャストの未来も、そういう夢の延長にあるのでしょうか。
平野 「人を活かす」世界一の会社と呼ばれたい。大きすぎる夢でしょうか。
上田 いや、そんなことはないですよ。
平野 私はお客さま、登録してくれているスタッフの皆さん、株主の皆さん、フルキャストの社員、全ての人から「フルキャストが好きだ」と言ってもらえる会社、愛される会社を作りたいですね。
上田 フルキャストの「支店コンテスト」の話を間いたんです。登録スタッフへの気持ちのいい店作りや、「ありがとう」というあいさつの姿を社内コンテストで碓かめ合う。こうしたことを経営に織り込む会社は、少ないでしょう。
平野 実はこの仕事を始める前、同業他社に登録して、派遣社員として働いたことがあるんです。もっと丁寧に扱ってほしいと何度も思いました。だから、外からどう会仕が見られるのか。常に確かめたいのです。
上田 人としての 「当たり前さ」を大切にしたことが人材ビジネスでフルキャストが勝ち残った理由ではないでしょうか。「人を活かす」という平野社長の言葉が、決して口先ではないことがわかりますから。平野社長の優しさとか、懐の深さとかは、今までの経験から身に付き、にじみ出ている。それが会社の社風にもなっている。
平野 そう言っていただけるのは、うれしいです。
上田 フルキャストが成長して、輝く人が増えることを願っています。最後にうかがいたいのですが、平野社長の人活術を一言でまとめるとどうなるでしょうか。
平野 「ほめて伸ばす」でしょうね。どんな人にも、輝ける場がある。その人をサポー卜する立場の人が徹底的に場を整備するそれが人を活かす秘訣だと思います。