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ワタミ株式会社 渡邉美樹

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会社は自己表現の「手段」にすぎない

上田 経営者仲間と話すと渡邉社長がよく話題になります。経営手腕と理念、そして人間性の素晴らしさの点でね。初めてお会いしますが、その魅力的な笑顔と発散される明るいオーラを見て「噂は本当だ」と思いました(笑)。

渡邉 楽しそうに見えますか(笑)。僕は経営が自分を表現できる、つまり「自分の存在の意味を一番大きくできる手段」と思っています。だからストレスをほとんど感じません。そのように見えるのは、毎日楽しいからかなぁ。

上田 「手段」とは意外ですね。ベンチャー企業の創業者は、自分の人生と会社を同一視するぐらい思い入れが強くなりますから。

渡邉 僕は少し違う。「人はそれぞれの役割を最大限に果たすために生まれた。その役割の表現は多くの人の幸せにかかわるためにある」というのが僕の人生観。表現方法は人さまざまですが、僕はたまたま会社の経営でした。

上田 「会社は自己表現の手段」。これは社員の皆さんにも当てはまると考えていますか。

渡邉 そう思います。会社は僕のものではないし、社員も僕の思いのために集まるわけじゃない。

上田 そういう考えだと、どうやって「人を活かす」マネジメントをするのでしょうか。

渡邉 「一人ひとりの社員を主人公にする」。これがポイント。会社をそれぞれが自らの人生を表現する舞台にすればいい。

上田 渡邉社長は主人公じゃないとすると……。

渡邉 そのとき、僕はその社員の脇役です。「自分の思いを形にするために渡邉がいる」と思ってほしい。そうすれば僕がみんなとつくったワタミの経営埋念も、押し付けられだものではなくなります。

「ありがとう」を集め続けたら?

上田 「脇役」?この会社を苦労して創業して大きくしたのに。

渡邉 そうですよ。社長なんて一つの機能ですから。

上田 社長は「機能」だとすると、その役割の中心はなんでしょうか。

渡邉 社長の役割の八割は経営理念をつくり、訴えることでしょうね。人が集まり物事を成し遂げるには理念が必要です。

上田 ワタミグループのスローガンは「地球上で一番たくさんの"ありがとう"を集めるグループになろう」。これは素晴らしい。

渡邉 ありがとうございます。ただ、これはスローガンです。その裏には大切な目的がある。

上田 それはなんですか。

渡邉 「ありがとう」を集めると、何が生まれるでしょう。

上田 人に感謝され、素晴らしい人生を歩めるでしょうね。

渡邉 そうです。人間性が向上するはずです。人生の目的は、夢をかなえることではなく、そのプロセス、具体的には仕事を通じて社員が人間性を高めることにある。

上田 このスローガンは、使命感に支えられているわけですか。

渡邉 グループミッション(使命)は「地球人類の人間性向上のためのよりよい環境をつくり、よりよいきっかけを提供すること」ですが、社員には「人間性を向上させる」ことが中心だと訴えます。つまり謙虚さ、優しさ、思いやりなど普遍的な徳目をはぐくむことが、生まれてきた理由だと思っていますから。一つの実現方法が「働くこと」。会社をそのために使ってほしいのです。

上田 思いを組織に染み込ませるのは難しいのではないですか。

渡邉 アルバイトも含めグループで約二万人が働いています。「言うだけ」では無理です。それでも、私は話し続けます。内定者フォローまで人れると年に二〇回くらい、一回に二〇〇人から七〇〇人程度を集めて、できる限り時間を設けて一対一で話し合います。

上田 話し合いの機会はパソナのときに私もかなり設けました。ただ、南部さん(南部靖之パソナグループ代表)と分担したからなんとかできましたが、一人で時間を割いて、全国をめぐるのは大変でしょうね。

渡邉 苦にはならないし、これでも足りないですよ(笑)。社員には、手紙を書いたり、バースデーカードを書いたり。また介護施設の入居者の皆さまにも手紙を書きます。

上田 手紙を書くのは、個人個人に対してですか。

渡邉 幹部は個人ごとです。あと一般社員は数が多すぎるので「何月生まれのみなさんへ」と書いています。考えてみれば、朝から晩まで手紙を書いているなぁ(笑)。

上田 効果はありますか。

渡邉 「強い会社をつくりたい」とか、「儲けのため」とか思って僕は書いていません。自然な気持ちとして、そうしたい。ワタミの大切な社員だし、大切な入居者さまですから。考えを伝えたいから書いているわけです。

理念を染みわたらせる方法とは?

上田 読み手のことを考えながら楽しそうに書く渡邉社長の姿が目に浮かびます(笑)。

渡邉 「社員への手紙」も、語りかける経営スタイルも、もう二〇年になります。売り上けだけのためなら、続かなかったでしょう。僕はやりたいからしている。仕事とは、本来そういうものじゃないでしょうか。

上田 社員には、どんな話をするのですか。

渡邉 会社の理念を自分の思いに変えるにはどうしたらいいか、考えてもらいます。理念は必ず現実の厳しさとぶつかります。理念は心の根っこに入っていなくては、本物になりません。入った理念がいつの間にか自分のものになればいい。「そういえば、渡邉も同じこと考えていたな」と後で思い出してもらうのが理想です。

上田 研修も重視しているそうですね。

渡邉 「理念研修」をしています。何をするかというと三時間ぐらい理念の確認をするのです。一例を挙げると恥ずかしいと思うことをしない」という社訓があります。すると「恥ずかしいと?」とか「恥ずかしい行いとは?」とか、一般社員から部長クラスまで一緒になって議論する。そこでまとまったものを発表します。僕はそれを聞き、話し合いに参加する。

上田 へえ、面白いですね。ただ、そうした研修は、即座におカネにはなりませんね。

渡邉 会社にとっては一円にもなりません。けれども、僕はおカネではない「見えないもの」を大切にしたい。いろいろな事例をもとに、理念に照らして現場はどのように判断をするべきか。立ち返るために「理念集」もつくっています。積み重ねがなければ、理念は「きれいごと」で終わります。

上田 現実のビジネスと理念の関係をどのように考えますか。

渡邉 ビジネスで理念を表現する方法はいろいろあっていいんですが、理念は一つでなければいけません。ワタミと別の価値観で、仕事や判断をしたらおかしなことになる。もちろん理念は社員や株主の皆さんに対する提案で、押し付けるつもりは全くありませんが、共有した価値観を持っている人にとってのみワタミはいい会社になります。「カネ儲け」「出世」を至上のものと考える社員は、ワタミにはいませんね。

人を動かす方法は「親身」にある

上田 社員が壁にぶつかる。ここでの具体的な対応で、社長の姿が現れるかと思うのですが、渡邉社長はどうしますか。

渡邉 相談に来た人の幸せが常に判断の軸ですね。「親身」という言葉が好きです。親は子どもにどうしても幸せになってほしい。この気持ちになって「経営者の立場」を捨てます。その立場では「この人がいたほうが便利だ」とか、いろいろ思うじゃないですか(笑)。

上田 まったくそのとおりですね。会社の損得でものを考える限りは、相手は動きません。

渡邉 「この人は本当に私のことしか考えていない」と思ったときに初めて心に響く。打算を本当になくしたときに、人は動きます。

上田 もちろん、会社という組織の動かし方もそうですよね。

渡邉 まったく同じです。そうした「親身」なマネジメントって、長い目で見ると正しい結果を生むんです。社長を二二年やっていますが、短期間なら経営上で間違ったことは起きます。けれども三年、五年、一〇年というある程度長い期間で見ると、間違いは起きません。人との交わりでもそうです。心が通じ合った人とは、何があっても長い交遊ができるんです。

上田 人事評価の留意点もうかがいたいです。今までの話を聞くと、理念や努力を重視するように思えるのですが。

渡邉 ワタミは数字、つまり業績についての評価だけで判断しません。管理職で全評価項目の三分の一程度の重みです。ただ、やっかいなことに数字は客観的な結果として表れてしまう。それを参考に、実績も取り入れます。頑張る人と頑張らない人が同じ給料では不平等ですから。ボーナスをやめた一方、一ヵ月ごとに評価します。

上田 具体的な評価の基準は、どのようなものでしょうか。

渡邉 外食事業では、お客さまの笑顔が評価ですよ。「一生懸命さ」と「いい店をつくるか」を重視します。売り上げが少なくても、お客さまからの声がよければ別に構わないよと、いう考え方です。ただ、いい店は確実に売り上げが伸びる。集めた「ありがとう」は、結局、利益に結びつきます。

努力が報われない人の処遇は?

上田 やはり、そういうものなんですね。ただ、実績を出すが人間力に乏しい人。一方、一生懸命だけれども成果が上がらない人。それぞれにどんな評価をしますか。

渡邉 その時には実績を出す人が高い評価を受け、給料も上がる。人間は持って生まれたものが違うから、差が出るのは仕方がない。ただ、長い時間軸で見たら、努力を続ける人間は、必ず成果を残します。絶対にそうなると、断言します。私も会社も、そうした人を温かく見守ります。

上田 「結果は大したことじゃない」という考えですか。

渡邉 給料が高いとか安いとか、地位がどこにあるとか、そんな一時的なことはどうでもいい。それよりも一生懸命に生き、生きざまの美しいことが大事です。

上田 ビジネスの中で、優秀な人が失敗する一方、努力をコツコツした人が「奇跡」を起こす場面を私は数多く見てきました。

渡邉 そうそう。できる人の中には努力を忘れたり、小手先で仕事をしたりする人もいる。長い期間で見ると、結果として自分の成長にはつながらず、幸せにはなりません。ワタミは成果が上がれば給料上のメリットも与える。けれども「努力をしてない」とわかれば、それなりの評価しかしません。

上田 人活では、ポストとか、仕事の割り振りも重要じゃないですか。創業では「同志」がいたと思うんです。その仲間は、今何をしているのですか。

経営者の立場を捨てて杜員を考えます。相手の幸せだけを考えなければ人は動きませんよ。

渡邉 中字・高校・大学の親友が一人ずつ僕と共に創業しました。それから一号店の一五人のアルバイトと、新卒の社員が一二人くらい入った。それが創業メンバー。アルバイトの連中は今も半分以上残って中堅として働いています。最初に始めた三人のうち一人はまだ残り、相変わらずうちの会社の大株主。彼はいま海外事業の仕入れ部門の責任者です。

厳しさに裏打ちされた理想主義

上田 というと、役員ではない。

渡邉 そうですね。私は、会社の階層なんて意味がないと思う。会社の理念を実現するために、誰がどこにいればいいのかを考えて仕事を委ねます。創業メンバーのうち二人が離れたのは、その考えに納得できなかったためでした。一人は常務から課長職になったので辞めました。彼の気持ちは理解できますが、僕はこの考えを変えるつもりはなかった。

上田 傍から見ると、厳しいですね。私は理念中心のマネジメントをしているという印象を事前に持っていましたが……。

渡邉 数字、つまり実績や、やる気など、全てを含んだそれぞれの能力に応じた役割を与えなければ企業として成り立ちません。そうでなければ「仲良しクラブ」になります。ビジネスとして利益を出せなければ、志ある人が活躍する場がつくれませんし、会社の目的も達成できない。ワタミの理念には賛同してもらった上で、能力主義に立っています。

上田 いままで「人を活用する」ときに、「しまった」ということはありましたか?

渡邉 いつも失敗していますよ(笑)。ワタミの場合、本人が「やりたい」と言って僕が無理と思っても、ものすごい意欲があった場合にはやらせます。気力は奇跡を起こします。自分の経験を含めて、その奇跡を僕は何度も見ました。

上田 なるほど。「思いは奇跡を起こす」と。

渡邉 このときに賭けて負けても、経験は手に入る。勝ったときのメリットは大きい。予想通り失敗した例もたくさんありますが、僕はこれからも賭けます。そして、社員が積極的にチャレンジできる社風は、これからも維持します。

上田 意欲的な社員を生む工夫で、感銘を受けているものがあるんです。『渡邉美樹の夢に日付を!―――夢実現の手帳術』(あさ出版)という渡邉社長の著書がべストセラーになっていますね。「Date your dreamシステム手帳」は市販もされています。「夢を達成する日付をつける」という渡邉社長の手帳の使い方を社員の皆さんに教えるそうですね。

渡邉 本や手帳に評価をいただけてうれしいです。しかしちょっと誤解も広がったようです。

上田 というのは?

渡邉 「日付」を入れて、すぐに夢がかなうわけではない。今日を変えるしか、夢を現実にできないんですよ。日付を入れれば今日やらなければならないことが明確になる。今日の行動を変える。それで末来が変わる。そうした生き方が一番大事だと、訴えたいですね。

私は「力」がほしい。外食でも、介護でも、農業でも、つくりたい世界があるから。規槙を追求しビジネスを成功させます。

「一人ひとりが主人公」それが人活のポイント

上田 今後のワタミの夢もうかがいたいです。

渡邉 僕は六〇歳を迎えている二〇二〇年になったらこの会社から引退します。それまでにグループで売上一兆円規模にするという目標があります。農業で一〇〇〇ヘクタールの農地を持つ。二〇年より前に外食を一〇〇〇店舗にして、その後も拡大する。介護事業は一〇〇〇棟の施設を建てる。「一〇〇〇」という数字が、区切りがあって好きなもので(笑)。実現させる自信はありますが、数字は方向性の表れで本当はどうでもいい。それよりも、社員みんなが今日一日充実した仕事をするとか、お客さまが笑顔でいてくれるとか、介護でおじいちゃん、おばあちゃんが元気で「ご飯がおいしい」と喜ぶことのほうが大切ですよ。

上田 目標は今の売上高の約一〇倍強。積極的な拡張策はなんのためにですか。

渡邉 僕は「力」がほしい。例えば、お店を一〇倍にすれば、今の一〇倍のお客さまと関係が持てる。介護施設は今一九棟ですが、二〇二〇年に一〇〇〇の施設があれば、そのときに介護の必要な高齢者の約一割に当たる七万人の幸せにかかわれます。規模は「力」です。そして、「力」がなければ、社会に影響を与えられません。

上田 「力」とは、ちょっと意外な言葉でした。「夢を追う」という面が強いと思っていたから。

渡邉 上田社長もおわかりの通り、経営ってどっぷり現実と格闘し「力」を上手に行使しないと、やっていけません。例えば、ワタミが介護事業に参入して、業界の食事に影響を与えることができたと、僕は自信を持って言えます。「炊きたてのご飯」「入居者の皆さんが喜ぶ食事」を出す介護施設はこれまで大変少なかったのです。
おいしく、安心で安全な食事を、低コストでつくる。これはワタミの得意技ですから。「炊きたてのご飯」を介護施設に、いや、すべてのお年寄りが食べられるようにしたい。これを実現するための、ビジネスの成功、事業の規模なんです。これが「力」の一例。僕はその「力」をよいことに使って誰もが喜ぶ社会をつくりたい。

上田 社会貢献は「力」が前提にあるということですよね。理念だけでは世の中を変えられない。

渡邉 口先だけでは「犬の遠吠え」です。僕は一兆円の売り上げをつくる。それは外食でも、介護でも、農業でも、それぞれの分野でつくりたい世界があるからです。

上田 それは一人ではできない。

渡邉 そうです。この夢は私の「欲」。ただ、それは私心だけでないと自信を持って言えます。この夢を自分の願いとして、私と一緒にやってくれる人を探しています。社員は一種の「家族」であり「同志」。株主の皆さま、そして取引先の皆さまも「同志」だと思います。

上田 「人活」も、それぞれの人間性の向上に加え、「同志」とよりよい社会をつくるために行うものなんですね。

渡邉 そう思いますね。僕の人活術を繰り返せば「一人ひとりを主人公にする」。「主人公」とは、一回きりの人生で果たすべき「使命」を自覚した人が行う営みです。それを達成するための努力は、どんなに厳しくても楽しみに変わるし、自ら能力を伸ばせるもの。そして、使命感を持った人間が、社会をよいものに変えるのです。

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