メディア掲載
株式会社メイテック 西本甲介
「市場価値」という考え方を共有する
西本 派遣業というのは、社員の力が企業力の源泉です。第一線で頑張っているエンジニアのモチベーションをどうやって高めるかがすべて。そういう意味で、「派遣」というものは仕事の一つのスタイルと捉えるべき。われわれの仕事は、単なる「派遣」ではなくて、「派遣」という仕事のスタイルを通したエンジニアのキャリアアップを実現することなんです。
上田 なるほど。エンジニアのキャリアアップを「派遣」を通して実現するということですか。
西本 そうすれば、お客さまに提供するサービスの質が高まります。僕は、「社員満足度と顧客満足度の二つを同時に高めていく」と約束してきました。
上田 キャリアアップについては、どういうポリシーで臨んでいらっしゃるのですか。
西本 当社のエンジニアは、社員である前に一人のプロのエンジニア。だから、「会社のために頑張ろう」なんて思わないでほしい。自分がプロのエンジニアとして、市場の中でどうやったらより自分を高められるかという観点から徹底的に会社を利用してほしい。
上田 会社を徹底的に利用するエンジニアが最終的には会社にも役立つということですね。その際のキーワードは何ですか。
西本 「市場価値」です。この言葉を言い始めたとき、年配の役員から、「当社はエンジニアという『人』が最大の経営資源。それなのに、『市場価値』ということを言って『人』をモノ扱いすると、社長としての仕事がやりにくくなりますよ」と忠告されました。
上田 そういう見方もあるよね。
西本 しかそ、「モノ扱いということではなくて、メイテックのエンジニアはプロのエンジニアだということが『市場価値』という言葉に表されているんだ」という信念で押し通しました。
上田 「プロとして通用する」ということが大事なんですね。
「市場価値」という考え方を共有する
西本 当社は、自動車、エレクトロニクス、半導体など、ほとんどの製造業の会社とお取引いただいています。6000人いるエンジニアの一人ひとりが自分のキャリアアップのために当社の顧客ネットワークを使うことが同時に当社の強みになる。これには、市場で活躍する「市場価値」という考え方を共有する必要があります。
上田 キャリアアップというのは、精神論になりがちです。また、「プロとして活躍しろ」というのも精神論になりがち。そういうリスクに対抗するために、「市場価値」という一つのスタンダードを導入したわけですね。
キャリアアップできる環境と機会を提供する
西本 派遣ビジネスの場合、一人ひとりに値段がつきます。まさに「市場価値」が一時間当たりの価格で出てしまう。じつは、僕が社長に就任するまでは、この業界の通例として、エンジニアには受注情報は一切見せなかった。
上田 営業が仕事を決めてきて、「Aくん、ここに行きなさい」「Bくん、今度はここに行ってください」というふうに、会社がエンジニアの次の業務をアサインする。
西本 そういう仕組みを根本から変えました。当社では1000件を超えるバックオーダーを常時抱えています。その中から、エンジニアのCさんが、営業のDさんから仕事を紹介してもらったとする。でもその仕事が、本当にCさんにとって、自分の力を一番発揮できる仕事かどうかはわからない。
上田 1件しか紹介してくれなかったら、わかりませんよね。
西本 だから、その部分を透明化してしまいました。まずエンジニア全員に関して、各人の業務経験やローテーション、資格や研修内容などキャリアデータベースを整備したわけです。
上田 受注情報は、どういうふうに透明化したのですか。
西本 一昔前のお客さまの発注は、「自動車の設計経験が3年ある人をくれ」とか「CADができればいい」とか、大ざっぱでした。そこで当社は、分野別の「スペックシート」という記入表を導入しました。お客さま自身が、マークシート方式で、どういう業務分野で、どういうスキルの人がほしいのかを書きますから、営業マンの恣意性が反映されません。
上田 そういう受注内容もデータ化したわけですね。
西本 そうです。この2種類のデータを使う「ベストマッチングシステム」にアクセスすれば、1000件の中で、自分のキャリアやスキルに対して、何年のニーズがあるのかが瞬時にわかる。
上田 その中で、自分がやりたい仕事を選んでもらうわけですね。欧米の先進的な会社では、人事において、ジョブホッピングを使います。要するに、「仕事はたくさんあります。自分の資格に合った、挑戦したいものを選びなさい。これが最大のキャリアアップのチャンスですよ」というシステム。御社もそういう感じですね。
西本 そうです。企業が「社員を育成しよう」と思っているとしたら、それは大間違い。会社ができることは、せいぜい社員にキャリアアップできる環境と機会を提供すること。だから僕は、これらについては、最大限のシステムを作り上げようと決意しています。
上田 それが「ベストマッチングシステム」なんですね。
西本 受注データを透明化するまでは、エンジニアをどこにアサインするかを、営業が全部コントロールしていました。まずお客さまがあって、自分の売上数値を上げるためにエンジニアを引っ張ってくるという世界だった。
上田 受注清報を共用するシステムにした上で、エンジニア自身に選択の余地を与えたわけですね。
西本 旧来型の営業ができなくなりますから、営業部隊は大反対でしたね。ただし、反対理由を一つひとつ潰していったら、感覚的な反対論しかなかった。導入するまでには、1年ぐらいかかりました。
上田 工ンジニアが公開情報をもとに派遣機会を探すと、社内のメカニズムが変わりますね。
西本 1000件のうち、50件マッチングする人がいる一方で、10件の人もいる。場合によってはゼロという人もいる。50件ある人なら、そこに選択の優位性が生まれる。一方でマッチング件数が少ない人は、どのスキルや技術を身につければマッチング率が上がるのかが見えてきます。すると、市場が求めるスキルや技術を身につけるために支援する研修が必要ということになるので、そういう研をラインアップする。
なぜ土・日にしか研修しないのか
上田 教育の最大のモチベーションは「気付き」だといいますが、そこから始めたわけですね。
西本 同時に、全国にある約40の拠点を年に2回訪ねながら、「社長懇話会」を開いて社員に集まってもらうようにしました。仕事が終わった時間帯に無報酬で残業手当なしで、「社長の話を聞きたい人だけ来てくれ」と言って集まってもらいます。始めたときの参加率は50%以下でしたが、いまでは70%以上になりました。
上田 機会とインフラは与える、サポートもする。ただし、学ぶのは自分なんだということですね。
西本 教育は投資。そういう考え方を社員と共有しています。当初は「なぜウチの会社は土・日にしか研修をしないんだ」とよく言われました。でも、研修システムを作ったり、講師をラインアップして、教育の機会を社員に提供するためには、コストがかかる。そういうコストをかけるのは、社員のみなさんに投資して、その価値を高めてほしいからです。でも、会社がその投資のリターンを得られる保証はない。
上田 もし、研修を受けた社員が翌日に辞めてしまったら、会社にはコストとリスクだけが残る。
西本 投資の結果は、会社ではなくて、社員それぞれの中に残る。会社はインフラと機会を提供するから、せめて時間は投資してくれということなんです。
上田 投資の結果はどうですか。
西本 当社のエンジニアは、業界ナンバーワン。それは、「市場価値」に表れています。技術者派遣業界における1時間当たりのレートは約3300円ですが、当社は平均で4800円。業界平均の40%以上のプレミアムを取っている会社は、ほかにない。バックオフィスについても、それぞれの業務や部署でプロになってほしい。
上田 バックオフィスで「市場価値」というのは、運用が難しいのではないですか。
西本 当社の人事担当のAくんと、ほかの会社の人事のBさんのどちらが市場価値が高いのかは比較のしようがない。定性評価的に見るしかありませんね。
上田 そういう人たちにも、キャリアアップを図ってもらって、うまく活用していくことが必要。
西本 エンジニアは、毎日お客さまに評価されながら仕事しています。次にお客さまに近いのが、営業拠点や各地区の事業拠点。ここもお客さまとの接点があるので、自分の仕事が誰の役に立っているのかということを皮膚感覚で意識できます。
上田 本社やそのほかの指令系統になると難しいでしょう。
西本 本社のインサイドの人たちは、お客さまに対する意識をほとんど持っていない。本当は、自分がやっている仕事が、エンジニアを発注するお客さまにどう関係するのか、あるいはエンジニアにどう関わってくるのかというところまでイメージしてほしい。
上田 でも、そこまではなかなかできないのでは?
西本 どんな仕事でもお客さまは必ずいます。例えば、給与計算では、その給与計算を受けている部署やそこの部署の人たちがお客さまです。自分の仕事における第一のお客さまは誰なのかを明確にしてほしいとお願いしています。そのお客さまが社内であったら、社内の顧客満足度がどれだけ上がったかを評価の対象にしたいと思っています。
上田 要するに相手に対して満足をどれだけ与えられるかということですよね。
西本 エンジニアであろうと間接部門の人間であろうと、関係ありません。間接部門の人間であれば、本人のプロ意識を見ます。
上田 仕事に対するプロ意識が一番大事だということですね。
西本 「プロ意識を持つ」というのは、自分がやっている仕事に誇りが持てるかどうか。プロ意識がなかったら、誇りなんて持ちようがない。自分がやってきたこととか、自分が身につけたスキルや技術とかを、誇りを持って人に話せるかどうかが大事。
社長になりたいだけの人を社長にしてはいけない
上田 それでは、プロ意識を持つ経営者というのは、どういう経営者であるべきですか。
西本 仕事をする以上は、みんなパートナーです。仲間として一緒に仕事ができるという関係を作れることが重要ですね。
上田 「仲間として」というのは、どういう意味でしょう。
西本 「あれやれ、これやれ」で人が動く時代は終わりました。終身雇用の時代であれば、会社という大きな組織の中に一度入ったら、嫌な上司にぶつかっても、3年ぐらいで、また違う人が来るこ40年間、同じ会社に食わせてもらうんだから我慢しようという考えがあった。
上田 でもいまの時代は、若い人が我慢しませんよね。
西本 「この会社にいると自分が成長できる」「自分がやりたい業務に挑戦できる」という、仕事そのものについて喜びや達成感を引き出していかないと、良い人ほどいなくなってしまう。
上田 次の社長を指名する場合のポイントは何ですか。
西本 僕は、社長の後継指名権を持っていません。「持たない」というポリシーなんです。例えば、金融界のような古い企業体質のところでは、過去が否定できないから、問題解決をずるずると先延ばしにする経営になる。頭取や社長になったとき、前任者による指名ということになると、自分を選んでくれた人がやったことを否定できない。そういうジレンマを感じる人をたくさん見てきました。
上田 これからの時代はそれじゃやっていけませんね。
西本 僕がいまやっていることの中にも、時代が変われば、否定しなければいけないことが出てくる。そんなとき、変なしがらみで経営判断を間違ってもらっては困るんです。だから僕は、自分では選びません。僕以外の取締役会のメンバーが選びます。
上田 究極のガバナンスですね。
西本 社長になりたい人というのは、社長になった瞬間に目的を達成してしまう。そうすると、今度は社長であり続けることが目的化するわけです。これで、だいたいの会社はおかしくなる。だから、社長になりたいだけの人は絶対に社長にしてはいけない。
上田 どういう人に社長になってもらうべきかということすら、考えないわけですか。
西本 そうです。僕が思う経営者像とかリーダーシップというのは僕の価値観にすぎない。いまの時代感覚としては合っているかもしれないけれど、5年後、10年後にも、そうなのかはわからない。
上田 そういう考え方は、社長になったときからあったのですか。
西本 当社は、13年前に資金繰りがショートして一度倒産しそうになりました。そういう修羅場をくぐり抜けたときに、腹に落ちたことや胸に残ったことが積み重なって、いまの考えがあります。
上田 人の活用という点で、失敗した経験はありますか。
西本 いっぱいあります(笑)。現状を否定しながら次の新しいものを作り出していこうとするときは、まず社内の抵抗がありますから。でも、社内の抵抗勢力は、決して敵じゃない。同じ仕事をする仲間なんですね。仲間であるにもかかわらず、対立が生じてしまう。それを解決するためには時間をかけなくてはいけない。
上田 自分に課している人事上のテーマはありますか。
西本 部下に仕事を任せきれるかということですね。本当に経営というのは我慢です。「お前違うだろう」と、どうしても口を出したいのだけれど、ここで言ってしまったら、「社長に言われたからやる」ということになり、「気付き」ができなくなる。でも、ここで口を出さないと大変なことになってしまうというときは言わなくちゃいけない。そのギリギリのバランスを常に感じます,僕は、なかなか我慢できないんです。
上田 経営者だったら、みんなそうだと思いますよ。
プロフェッショナルの価値には、国籍も性別、年齢も関係ない
西本 「アウトソーシング」という言葉が、この10~15年で定着しましたが、エンジニアは経営資源であるのですから、本来であれば、自前で揃えるべきです。
上田 それなのに、アウトソーシングが定着したのはなぜかということがポイントなんですよね。
西本 それは、全部自前で持てなくなったということを意味しています。「持つリスク」をお客さまが考え始めた。例えば、新製品を市場に出すために、開発に1000人のエンジニアを導入したとします。ヒットすればいいけれど、ダメだったらその事業から撤退しなければいけない。だったら、リストラするのか――それもできない。だからこそ、リストラしないで戦力を調整するために、外部戦力を内部戦力と同じレベルで活用していく必要が生じてくるわけです。
上田 それがアウトソーシングという考え方の背景にある。
西本 当社のお客さまは、内部の戦力と外部の戦力を同等にとらえています。われわれは、外部戦力のところだけに「派遣」という形のサービスを提供している。考えてみれば、内部の正社員でも、お客さまは中途採用もすれば新卒採用もしている。ストックとしての内部の正社員と、フローとしての外部の派遣という外部社員の両方の戦略を必要としているんです。
上田 そのバランスをとって初めて最適な計画が組める。
西本 当社は、その両方をサービスできるようになりたい。それで、派遣だけではなくて、職業紹介事業などにも着手しました。両方のニーズに応えたいのです。
上田 正社員のハンドリングを含めて考えると、採用や活用戦略についてもサービスしていく方向に進まなければいけない。
西本 さらに言うと、われわれは日本の製造業のパートナーですから、日本の製造業のグローバリゼーションにどう対応するのかということが大事になってきます。ほとんどの日本メーカーが中国を生産拠点・開発拠点として持っていて、マーケットとしても見ている。そうなると、日本と中国を結ぶネットワークが必要です。そういうお客さまのグローバル戦略に対応していくためには、中国でも日本でも、中国人のエンジニアをうまく活用できるようにしていかなければならないのです。
上田 それで、中国人の派遣も始めているんですね。
西本 じつは、お客さまから怒られています(笑)。というのは、お客さまは「中国人=安い」という考え方なんですね。しかし当社は、そういう考え方を一切否定しています。われわれは人材ビジネスをしているのです。だから国籍、性別、年齢にかかわらず、市場価値が最重要になる。
上田 その人が持っているエンジニアとしての市場価値でお客さまは判断するべきということですね。
西本 「中国人=安い」というのではなくて、彼や彼女の市場価値を見てほしい。われわれは、ほとんど日本人と同じレートで派遣をしています。これから少子高齢化が進みますよね。外国人の方々を活用しなければならない時代が絶対に来ます。そうなった場合、日本に行くと安く使われるという評判だと、良い人は来てくれません。
上田 確かにそうですね。
西本 日本に行けば日本人と同じように評価してもらえる、そして同じように仕事ができる、と思われる環境を作ることが大事です。
上田 工ンジニアという職業は、もっと社会的な価値観で語られるべき存在と思うのですが。
西本 これから日本の人口が減っていく中で、生産性を高めて豊かになっていくためには、基幹産業である製造業が、もっと付加価値の高い新しい技術や製品やサービスを作り出していくしかありません。それをやるのは、エンジニアなんです。だから、子どもたちや若い人たちが「エンジニアになりたい」というモチベーションを持てるような、社会的な風土を作らなければいけない。
上田 大賛成です。昔「職人」は、それに近い誇りを持っていました。「お父さんの職業は?」と聞かれて、「大工だ」と自信を持って答えていた。それに通じるものがあるべきだと思うんです。
西本 工ンジニアたちのキャリアアップをどう実現していくかということは、われわれの一企業のテーマであると同時に、製造業全体、産業界全体のテーマでもある。当社で働けば、必ずキャリアアップできるという方向に進化していきたいと思っています。