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SBIホールディングス株式会社 北尾吉孝

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古典と経営の意外な関係とは?

上田 北尾CEOはSBIグループを作り急成長させた経営者としての実績に加えて、著述家としても知られ、最新刊『何のために働くのか』(致知出版社)は約10万部も売れました。その経営哲学と人活術をぜひ知りたいと思い、ご登場いただきました。

北尾 よろしくお願いします。といっても「哲学」と言えるほど、深い思想を私は持っていませんよ(笑)ただ、幼いころに父から学んだ中国や日本の古典を中心とした東洋哲学は、今でもさまざまな影響を私に与えています。

上田 ご実家はかつて大きな書店と洋書の販売業を大阪でされていて、また、ご先祖には儒学者もいらっしゃるそうですね。

北尾 血は争えないもので、自然と古典に関心がいくのです。たとえば、人との「ご縁」を大切にする。身に起こるすべてを「天命」と謹んで受け止め、素直に従う。人生を修養の場とみなし、仕事を練磨の場としてみる。こうした考えが人生の中で自然と出ています。

上田 それは経営上の判断で役立ったのでしょうか。

北尾 ええ。古典や歴史書を紐解くと、大事を成す場合に「天の時」「地の利」「人の和」が必要とされるとあります。私がSBIグループの前身であるソフトバンク・ファイナンスを設立した1999年は、すべてがそろったタイミングだと思いました。全く新しいネット金融グループが成功すると予想できたのです。

上田 当時、金融業界は全滅といっていい状況でした。銀行は不良債権問題で破綻や経営危機が続き、証券会社は出来高の低迷と株価急落で惨憺たる状況。なぜ前向きに考えられたのですか。

北尾 危機は逆に大きなチャンスを生みます。私には「インターネット」の力が大変な武器になることがわかっていましたから、それを手に、混乱していた金融業界に「殴り込み」ができました(笑)。手数料を引き下げ、「革命」を起こしたわけです。

上田 立ち上げの際の人材はどうやって集めたのですか。

北尾 当時は銀行や証券会社から、優秀な人が辞めていきました。失業の恐れがあるし、合併してもポストが減って活躍の場がない。そして給料は下がる。そういった人々が合流してくれたのです。

上田 その方々は不満を抱えて転職をするわけですよね。

北尾 古典で言う「憤」(いきどおること)という気持ちがあったのです。「認められなかったが、今度こそやる」。これは辛いものですが成長の原動力になります。

上田 挫折が実は出発になった。

北尾 そうなんです。「これまでの銀行や証券のサービスではダメだ」という問題意識を誰もが持っていました。私が当時『E-ファイナンスの挑戦』(東洋経済新報社)という本で「ネットを使って金融を変える」というビジョンを示したところ、共感した人が集まって、事業を切り開いてくれた。私がしたことは、たいしてないのですよ。

上田 そんなことはないでしょう(笑)。

北尾 私はビジョンを掲げ、新規ビジネスの基礎を作り、公正な人事をしただけ。社員のエネルギーを「ネット金融ビジネスを成功させる」という決意に向けただけなのです。金融ビッグバンとその後の混乱という「天の時」、ネットという「地の利」、そして「人の和」があったために、SBIグループはよい形で船出ができたし、今も成長が続いています。

上田 一般論として、大企業には優秀な人が多い半面、一部には無責任体制に逃げ込む「大企業病」にかかっている人がいますね。

北尾 私たちの会社に転職してきたのは、それに懲りた人ばかり。だからこそ、それを防ぐ仕組みを作ったのです。大企業病の一番の特徴は何だと思いますか。

上田 エネルギーが内に向くことでしょうか。

北尾 そう。だから私は「顧客中心主義」を掲げ、外に関心を向けるようにしました。門閥、閨閥、学閥、派閥・徒党、そんなものは一切会社に持ち込ませない。幸いにして、その病気は私たちの会社にはありませんね。

上田 言葉はよくないですが、大企業には「窓際族」として会社から認められず、また自らやる気をなくした人もいますね。

北尾 その原因の大半は会社にあると思う。どんな人間でも、輝く素質がある。人が「憤」を抱いて大きく変わる例を、これまで何度も見てきましたから。働ける場を作り出せばいいんですよ。

ビジネスでなぜ未来を見通せるのか

上田 予想は誰にでもできます。けれども、それをビジネスの形にして、成功させることは難しい。北尾CEOのすごさはそこにあると思う。なぜ構想力と実行力を持ち合わせられたのですか。

北尾 私は自分の運が強いと思っていますから。「ピンチでもなんとかなる」とね(笑)。だから勝負に踏み出せるんです。

上田 なるほど。けれども、計算に基づいているわけでしょう。

北尾 私は確実にネットと金融が融合すると思っていました。たとえばSBIイー・トレード証券では、サービス開始後の早い時点で株式の売買手数料を、対面型取引より約9割も引き下げました。

上田 9割も。利益が下がる懸念はなかったのですか。

北尾 当初の利益水準は黒字スレスレでも、お客さまが増えれば、収益も増えると予想していました。これは一例ですが、SBIグループが提供してきた金融サービスは多くの場合、私の予想通りの展開になりました。社員は驚いていましたね。

上田 なぜ99年ごろの時点で、的確に未来が見通せたのでしょうか。

北尾 ヒントはあるわけです。たとえばネットでの金融サービスでは、先行していたアメリカの事情を研究しました。ソフトバンクでべンチャー投資事業をする中で、月に1度は訪米して現地の経営者と話し合っていました。

上田 勉強家としても北尾CEOは知られていますが、それも経営に影響しているのでしょうか。

北尾 私は本をたくさん読みます。まだ論文などの段階でも英語で読んでいました。ネットが経済や金融にどのような影響を与えるのか。当時からアメリカでは、さまざまな学者や経営者の意見が出ていて、多くの失敗例も分析されていたのです。

上田 そうした研究が、今日まで役立っているわけですか。

北尾 経営学だけではありません。自然科学では生態系の発展や環境システムを考える「複雑系」という考えがありますね。私はこの考えをヒントにして「企業生態系」を作ろうと考えました。

上田 意外な組み合わせですが……。どう取り入れたのですか。

北尾 複雑系では「全体は、部分の総和以上である」「全体には、部分にはない新しい性質がある」という命題があります。グループ全体が新しい価値を持ち、それぞれの会社が相互に影響を与えながら自律的に発展するように、生命の生態系のような姿を持つようにしたのです。

上田 ほう。それは興味深い。大変な量の勉強をされていますね。

北尾 いえいえ。まだまだ足りないですよ。「経営に勉強はいらない」「学者の言うことはあてにならない」と言う人がビジネスの現場には多くいますが、それは間違いだと思います。先人の知の蓄積は、さまざまな分野に応用できます。それを謙虚に学ぶと、進むべき方向がみえてきます。

上田 北尾CEOの経営にみられた、慎重さと大胆さの背景には深い研究があるわけか。

北尾 私は危うい勝負をしません。SBIグループは、金融業界がこぞって進出した消費者金融事業には慎重でした。グレーゾーン金利(利息制限法の定める上限金利は超えるが出資法の上限金利には満たない金利。現在は規制が強化された)問題があったためです。
逆に住宅ローンではSBIモーゲージを作り、いち早く進出して成果を出しました。以前は住宅金融公庫がこの種の融資で大きなシェアを持っていましたが、巨額の赤字を抱える国の財政投融資に頼っているため、貸し出しが時間の問題で行き詰まると思った。これは常識でわかることですよ。

上田 森羅万象に経営のヒントがある。東洋の古典と最先端の企業経営の結びつく理由が、次第にわかってきました。

北尾 学び続けること、特に古典に親しんだことは、私の人生を実り豊かなものにしてくれました。同時に経営でも、適切な判断の基礎になっているのです。

徳あるものに地位を与えよ

上田 新興企業では、組織を作り上げる苦労もあるはずです。何を常に意識していますか。

北尾 「企業文化」を作り上げることが必要だと考えています。アメリカ企業の実証研究でも、企業文化を持つ会社と、そうでない会社では、前者の収益率のほうが圧倒的に高い。私が本を書く理由の一つとして、SBIグループで働く人々が本を読んで、会社のあり方を考え、同じ価値観を持ってもらいたいということがあります。

上田 企業文化の中心には、何を据えているのですか。

北尾 金融業は人さまの大切な財産に関わるサービスですから、普通の業態以上に高い倫理観が必要です。一言で言えば「徳を持つこと」。修養で身につけた、優れた品性という普遍的な人間の倫理観を持つことを求めます。
東洋では分類があります。徳が才より優れる人を「君子」。才が徳に勝る人を「小人」。徳も才も並外れている人を「聖人」と言う。私たちが聖人の域に達することは難しいものの、私は常に「徳」ある人を責任ある地位につけたい。

上田 徳とビジネスは関係するのでしょうか。

北尾 必ず結びつきます。尊敬する京セラ名誉会長の稲盛和夫さんがおしゃっています。「人生の成功の方程式=考え方×熱意×能力」であると。考え方がプラスになるかマイナスになるかで結果も大きく変わってくるのです。

上田 マイナスの考え方をして、大変な不幸を背負ったり、ほかの人も不幸にしたりする可能性があるわけですね。

北尾 そうです。最近の企業の不祥事をみると、考え方が間違っているために、熱意や能力があっても問題を起こす人がいますね。

お金との関係でみえる人間の品性

上田 それでは、才ばかり優れた「小人」への対応をどうすればいいでしょうか。

北尾 西郷南洲(隆盛)はこう言っています。「功あるものには禄を与えよ。徳あるものには地位を与えよ」。これを実践しています。

上田 とても印象に残る言葉ですね。ただ、その判断が難しい。

北尾 「上、下をみるに3年を要す。下、上をみるに3日を要す」と言います。上司の部下への評価はたいてい間違う。部下の仕事をすべて把握できるわけではないしお世辞も使われる。だから常に部下、同僚、上司、その上の上司、そしてお客さまからの声という「360度評価」をしています。

上田 それでは報酬の問題をうかがいます。どのように社員を処遇するのですか。

北尾 これは難しい問題ですね。SBIグループでは、ストックオプション(自社株を行使価格で買える権利)をかつて与えていました。株価を上げれば、報酬が上がる仕組みです。ところが、大金を得ると変わる人が多い。

上田 そうですね。大金を得たべンチャー経営者の姿をみると、いい方向への変化は少ない。

北尾 そうそう。お金があることで、自分が偉くなったと勘違いを起こしたり、謙虚さが消え傲慢になったりする人がいる。そして、更なる欲を生んでしまう。だから、この制度をやめたんです。

上田 会社はお金儲けの手段ではないと。

北尾 10年前に、私は企業経営において「企業価値(すなわち株式の時価総額と負債の時価総額の和)の最大化」を目標にすべきと主張しました。それまでの日本では、株主が経営上、配慮されていなかったからです。

上田 先駆的な考えで、多くの人がその主張に共感しました。ところが、考えを変えたそうですね。

北尾 はい。私は今、企業価値の定義とは「顧客価値」、「株主価値(従来の意味での企業価値)」、「人材価値」という三つの価値の総和であると考えます。顧客中心主義のサービス、それを生む企業文化の構築、さらに社会貢献を常に念頭に置くことで、生まれるものです。この価値を質の高いものにするのは社員です。人を伸ばし活かすために、経営の力を使うことは、実は企業戦略の上で、とても重要な投資であると考えています。

人物判定の北尾式質問とは?

上田 そこまでの覚悟で人活をやる以上、多くの成長の機会があるでしょう。北尾CEOは自ら採用を行うそうですね。

北尾 採用の最終面接は基本的に私が行い、新卒の場合には何百人と会います。「志望動機は?」なんて単純なことは聞きません。人間力を試す質問をします。

上田 どんな質問をするのか、ぜひ知りたいです。

北尾 今年の採用面接では「人生でもっとも悲しかったこと、うれしかったことは何ですか」とか、「1億円をもらったら、どう使いますか」という質問をしました。

上田 そんなことを聞かれれば若者は驚くでしょう(笑)。何をみようとしているのですか。

北尾 人間の感情は喜怒哀楽で表されますが、四つの感情が生じたときの経験が深いものであればあるほど人間は鍛えられます。喜びの質、悲しみの質で、その人のものの見方がわかる。またお金の使い方でその人の持つものが野心なのか、志なのかがわかります。

上田 こうした質問には、事前にマニュアル本を読んでくるだけでは対応できないですね。

北尾 常日ごろ、何を考えているかが出てしまう。この前の面接で「自分のことをどれぐらい知っていますか」という質問をしたときに、「自分を50%しか知らない」という答えがありました。「自分は親に大切にされ、これまで順風満帆の人生を送ってきた。逆境に立たされたときに、何ができるかわからない。だから半分しかわからない」とね。

上田 若いのにとても自分をよくみている人がいますね。いい人が入社するのではないですか。

北尾 変わった若者が入社しますよ(笑)。ただ、それでいいんです。私は学校での秀才より、可能性のある若者と働きたい。

社員を育て学ぶ方法とは?

上田 新入社員を大切に育てると聞いています。リポートを書かせたり、「メンター」と呼ばれる相談できる先輩社員をつけたり。新興企業では即戦力の採用に流れがちなのに、なぜですか。

北尾 せっかくご縁があって入社してきた若者たちが鍛えられて、よりよいビジネス人生を送ってほしいと思うためです。ただ、もう一つ理由がある。

上田 というのは?

北尾 人は教えるときが一番教えられます。真剣に教えると、さまざまな気づきがある。私たちの業務の本質はインターネット。この世界がどう展開していくのかという洞察力では私は若者に劣る。
私がネットを真剣に学んだのは、40代から。今の20代は中学生のころから浸っています。ネットに関する「感性」は絶対、私より優れている。幹部に言っています。「新入社員の教育を真剣に行ってください。同時に真剣に学んでください」とね。

上田 どんな教育をしているのですか。

北尾 一例ですが、週に一つずつ課題を与え、リポートを書いてもらう。私はそれをすべて読みます。昨年その中で、ネット世界の洞察について秀逸なリポートを書いた新入社員がいました。だからネット上でのポイントの発行・交換・流通にかかわる「SBIポイントユニオン」という会社を今年2月に作り、社長にした。

上田 その社員は面食らったでしょう(笑)。このエピソードに象徴されるように、大企業なのにSBIグループが活力に満ちているのは、チャンスに溢れているからでしょう。

北尾 そうでありたいと思っています。私は大枠を決めたら、何でも任せるタイプですから。失敗はあっても、本人にも私にも収穫があるのです。

SBIグループの目指すもの

上田 最後の質問ですが、人を活かすポイントは何だと、北尾CEOは考えていますか。

北尾 リーダーの姿勢がすべてです。「偉大とは方向を与えることである」と、哲学者のニーチェは言っています。ビジョンを示し、チームの力をすべて引き出せるのはリーダー次第。それは実務能力だけではない。徳があるかないかに、かかわってくるのです。

上田 とても印象的な言葉ですね。卓越したリーダーは、どうすれば生まれるのでしょうか。

北尾 いろいろなタイプのリーダーがいますが、共通点は「自信」を持っていることですね。その自信は人間的な修養、そして仕事に真剣に向き合うことからしか、生まれないでしょう。

上田 ビジョンと自信。北尾CEOが今、「背中で語っていること」ですね。

北尾 そうですね。私も56歳ですから、残された人生の時間もわずか。しかし「天命」があると自覚していますので、それを成し遂げるつもりです。

上田 「天命」ですか。どんなことでしょうか。

北尾 「インターネットを使って顧客中心のサービスを消費者や投資家に安く提供し、金融をすべての人々にとって使いやすい形に変えること」「ともに働く人の経済的厚生を高めるとともに、事業活動で得られた自らの資産を使って恵まれない子どもたちへの社会貢献活動を行うこと」。この二つの天命を自覚できました。この天命に従おうと考えています。

上田 SBIグループは、今後どんな企業を目指すのですか。

北尾 「強い企業」になるという目標を設立以来掲げ、これは実現されつつあります。これからは「強くて尊敬される企業」を目指します。利潤の追求と社会的貢献は、ともに企業経営の中で必要不可欠です。渋沢栄一さんは「右手に論語、左手に算盤」と言いました。企業は理念を明確にして事業を行いながら、正しく、長く続く利益を得なければなりません。そこで必要なのが、徳と能力を持つ「人」なんですね。

上田 こうした「正攻法の経営」を真剣に語る経営者は少ない。渋沢栄一さん、京セラ名誉会長の稲盛和夫さん、松下電器産業の創業者である松下幸之助さんのような、理念を掲げ社会を事業で変えていく経営の伝統は日本に脈々とある。北尾さんは、そうしたよき伝統の後継者なのでしょう。

北尾 その方々の足元にも及びません(笑)。ただ、あらゆるステークホルダーの皆さまが、私たちの提供するサービスによって少しでもよりよい生活が送れれば、私はこの会社を作ってよかったと思えます。遠い道のりですが、一歩一歩、歩んでいきたい。私の人活術もそこにつながっています。

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