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株式会社インボイス 木村育生

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上司がしっかりせねば人は働かない

上田 インボイスの急成長は、木村社長の人活のウマさが、一因と思うのです。「秘訣」を覗きたいと思って登場をお願いしました。

木村 私は上手かな(笑)。考えの表れの一例を言うと、私は「給料がゼロ」なんです。

上田 給料がゼロ?

木村 交際費もゼロ。インボイスからもらっていません。全部自腹です。私はこの会社の持ち株がある。その配当と、少しばかりの株を売って生活しています。

上田 そんなストイックなことを・・・・・・。その理由はなんですか。

木村 サラリーマンは自分の直属の上司が、自分より優れていなかったら嫌ですよね。でも、その上司は、その上の上司が優れていなければ嫌と思うはず。ずっといくと、最後には社長がいるわけ。理想論を言えば、社長は社員の誰よりも総合点で素晴らしくあるべきです。インボイス・グループの社員は現在一二〇〇人。大変なプレッシャーが私にあります。社長が自分より優秀と思えなければ社員は働きたくないですから。

上田 そうですがねぇ・・・・・・。私も社長をしていますが、考えをそこまで突き詰めるのはちょっときつい(笑)。

木村 優れているとは、頭がいいとか、勉強ができるとかだけではない。「なんとなく素敵だ」「この人についていこう」と感じさせることです。身につけるために、「何をしてはいけないか」はわかる。セクハラ・オヤジは絶対ダメ(笑)。公私混同している社長もアウト。しかし、「どうすればなれるか」との答えはない。悩みました。私が無給で働くと、メッセージが伝えられるかと思ったのです。

上田 「背中で語る」という形ですが、すごい話だ。社員も会社に「おんぶにだっこ」みたいな発想はなくなるでしょう。

木村 株主還元策をいろいろ行っています。すると株主や社内から、「木村社長は大株主だから自分の利益ばかり考えている」という声が聞こえた。私がタダで働くなら、自分の儲けのためだけに、やっていないことを示せるでしょう。二〇〇三年九月の東証二部上場以来、ずっと無給です。公私混同は絶対しません。自分だけ飲むコーヒーも自ら入れるし、コピーもする。会社には親族を入れない。おカネの使途は、ダブル、トリプルチェックさせる。「きっちりさ」がなければ組織は動かない。

上田 当たり前ですが、なかなかできないですよ。会社の地位を自分の力と錯覚する人はたくさんいます。

木村 会社の規模が社員五〇人ぐらいのとき、外から私が引っ張ってきた営業部長がいた。私の前では非常に立派。しかし、その部がガタガタし始めた。その部長と飲みに行って話を聞いた。すると、その部長は就業規則を守らない。自分は遅刻をするのに部員の遅刻をとがめる。「なんでだ」と聞くと、「俺は部長だからいいんだ」と怒り出したという。その人には辞めてもらいました。規律が保てません。

上田 厳しいですね。今では、どうやって人事をしているんですか。

木村 やっていません。全部、担当役員に任せています。

上田 やっていない?

木村 私の仕事は「会社の名前を売る仕事」と「大きくする仕事」。それだけです。たとえばIR活動です。そしてポスターや名刺、パンフレットなど外向け印刷物の管理とデザイン。そして講演、取材対応を含めたPR活動です。加えて、M&Aの調査と決定をしています。
取締役会は月二回。そこで報告を受け、重要案件の決定はします。ただ、私は会議が嫌い。何も進みませんから。「必要があればいつでもどうぞ」と、求められれば幹部の誰とでも会う形にしています。

仕事を全部渡す人活術とは

上田 ベンチャーの創業社長はカリスマ性を持って、なんでも口を出すという人が多いですが・・・・・・。ユニークなマネジメントですね。

木村 「カリスマ」は人をひきつける「何か」です。私も欲しい(笑)。ですが、観察すると「えばる」や「傲慢さ」とくっついている場合も多い。そういうのは嫌で、なくすようにしています。また、会社のためにならない。

上田 なぜ、自分の仕事を減らしたんですか。

木村 上場するときに悩んだんです。監査法人や証券会社から、提案を受けた。「社長が営業部長を兼ねるな」「権限を委譲しろ」と。

上田 私もパソナを上場するとき、それを言われました(笑)。経営者にとって手放すのは苦しいですよ。

木村 その通りです。私も「ふざけんな」と思いました。「自分しかできない仕事がたくさんある」と本気で思っていたから。それまでは社内全部を見ようとする典型的な中小企業の社長でした。
でも、権限はすべて他人に渡した。苦しかったですし、渡し方も考えました。手放したらもう完全に渡しっぱなしです。そうしたら、次の仕事ができました。全部見ていたら、新しいM&Aも、会社の名前を一生懸命売るという広告宣伝もできなかった。成長もしなかったでしょう。投げ出してよかったと今は思います。
会社の名前を売ることの大切さを、社会の人はよく知らないんです。最初から有名な会社に入って仕事をする人にはわからない。〇五年に西武ドームの命名権を買いました。ところが社内では「余計なことにカネを使うな」という反対意見ばかり来た。それは違う。

上田 同感ですね。私もパソナを無名の状況から立ち上げた経験がある。当時は人材派遣ビジネスも社会になかった。だから、宣伝には力を入れた。売り上げのためだけじゃない。社員の心を高めるため。しかし、社内の理解を得るのに苦労しました。

木村 私も苦労しています。だんだん有名になる間に、その会社の所属するのが楽しくなる。自尊心をくすぐられる。「名刺を出したとき『あ、インボイスという名前聞いたことがあります』と言われました」と社員が喜んで私に報告するんです。私もとてもうれしい。

上田 営業も全然違ってきます。

木村 そうそう、五段階のうち二段階ぐらい省略できますよ。知名度を上げることは、私が「頑張ろう」と唱えるより、組織に活力を生みます。

M&Aを成功させる人の使い方とは

上田 M&A成功の秘訣も伺いたいですね。買収した社員の皆さんをどのように受け入れるんですか。

木村 退職金を払って退職してもらう。それでインボイスという会社に新たに入社していただく。来るものは基本的に拒まず、給料は今までと同等を保証します。ただ、役職は全員平社員。過去はすべて清算してもらう。その代わりに差別はない。

上田 「平社員」にすることで、士気の点では大丈夫ですか。

木村 社員それぞれの、能力も実績もこちらはわからない。だから仕方がない。その代わり適切に処遇します。私たちは一九八五年に創業しましたが、初めの一〇年で一割、残り一〇年で九割できた会社です。仕事はたくさんあるし、どんどん作れる。したがって、ポジションもやる気のある人にはいくらでもある。
中途入社の社員は、新卒と同じ給料というわけにはいかない。
子供がたくさんいる人、親の面倒を見ている人など、かかる生活費はさまざまです。だからそれは以前と同じように処遇します。会社は、働く人の生活を守るためにあるんです。

会社は従業員のためにある いつでも社長は譲る

上田 「会社は株主のためにある」との議論がありますね。木村さんの考え方はどのようなものですか。

木村 商法上はそうですが、その考えはしっくりこない。株式会社は働く人が豊かになるツールです。私は生活をするために、会社を作りました。その後、一人では仕事ができないので従業員を雇いました。私には家族がいる。従業員にも家族がいる。関係する人が膨らんだ。そのたびに、みんなの生活を豊かにする必要が生じた。株主総会でも言っています。「まず社員が第一。ただ、そのためには株主の皆さまの協力が必要。利益を最大限出し、長期的には損させないように頑張ります」とね。

上田 どんな社員でも会社にいる以上は生活を守るということですね。M&Aのときも一度辞めてもらうのも、インボイスの仲間にするためなのでしょうか。

木村 自分がインボイスにいたいか、いたくないかだけ。そこをはっきりさせないと、絶対に「やる気」は起きない。「自分にこの会社は合っているか」、これがすべての大前提です。入った場合には「この会社の社長になる」と思ってほしい。

上田 その地位を譲るんですか。

木村 そうです。「社長は誰よりも優れているべき」との考えに立てば、そうなります。適切な人がいたら、いつでも(笑)。大企業の子会社で天下り社長だと、プロパー社員が社長になれる可能性はゼロ。そういう会社はたいてい伸びない。成果が上がり、自分が組織に役立つと思えば、人は仕事をします。ぜひ成果を上げて社長になってほしいと思っている。

上田 たとえば「右腕」「左腕」みたいな人はいますか。

木村 いますね。「右腕」には全部の権限を委ねていて、その人は事実上の「社長代行」です。ただ、一〇年の付き合いですが、社長にはなりたくないと言っています。

上田 バトンタッチも考えますか。

木村 右腕だった人に急に社長業を渡す会社は多いですね。これは社員にとっては不幸です。社員みんなが「おい、あの取締役は木村社長より優秀だぞ」と思ったところでポンと代わる。これがいい。

コミュニケーションは大きくなると不可能です

上田 自分を突き放して見ているなあ……。ベンチャー企業のオーナー社長は、そういうところが少ないけれど(笑)。どんな点を評価して、社長を譲るんですか。

木村 人の掌握とか、営業力とか、私よりできる人は社内にいます。けれどもトータルとして社長の職務がこなせると思えない限り、バトンタッチはできません。まだ現れない。

上田 社員の皆さんは知っているのでしょうか。

木村 「いつでも社長の座を譲りますと言っても、信じてくれないんですよ(笑)。

上田 そうした考えを「伝える」ことも必要ですね。どうしていますか。

木村 会社が大きくなりすぎました。私が考えを話しても、あまり意味がない。社員は聞いてはくれます。ですが、単に「聞く」ことと、深く「心に留める」のは別です。それで、効果のないことはあきらめました。今は年に一回みんなを集めて会社の将来などの話をする程度。支店や散らばった事務所に行く時間もないですから。従業員が二〇〇~三〇〇人の頃は、社員と飲みに行き、話し合いました。今は物理的にできない。

上田 「熱い」人と勝手に思い込んでいたのですが……。

木村 熱く語ることもしません。実は語りたい。社員が一〇人、五〇人のときは熱く語っていましたよ。若かったし。それに昔話は意味がないですから。

上田 その考えは、クールですね。

木村 過去の苦労した話なんかいくらされても、苦労を体験してない人は「あ、そうですか」としか思わない。世の中の昔話はたいてい話す人が満足し、充足感を満たすために行うものです。
もちろん、いっぱい思っていますよ。私はこの会社を二六歳で創業して、アミノ酸から生命ができるような劇的な変化をさせた。たいていべンチャー企業はこの時期に死ぬ。苦しかった。ちょっと自慢もしたい。だが我慢する。この会社の今と未来のために、必要はありませんから。

上司は部下より優れているべき。その考えを進めれば社長は社内で誰よりも優れているべき。

上田 人事案件は今、上がってこないんですか。

木村 わからないんです。任せましたから、もう関わりません。担当取締役が決めます。新人社員の面接もしない。四月一日に新入社員と会って「頑張りましょう」と言って終わりです。

上田 今、ベンチャーに社会的な注目が集まっています。木村社長に憧れを持って、入社したり、働く社員はいますか。

木村 いやあ、そんなの絶対いません。たとえば今、「就職人気ランキシグ上位企業の社長の名前は」と大学生や世間の人に聞いたって、誰も答えられないでしょう。カリスマのいない時代です。そしてインボイスの採用はコネもなんにも使えない。もっと大きい会社を落ちたから来るんですよ。

「ピント」を合わせられる人を選びます

上田 人事をやらないとしても、今の幹部は皆、社長が引っ張ってきたんですよね。

木村 そうです。今でも「オッ」と注目する人を、引っ張って、人事担当の役員につなげます。

上田 人を選ぶ基準、ここが優れていると思う基準はどこにあるのですか。また、抜擢する基準は?

木村 一番重視するのは人間性です。「親分肌」で「ついていきたいという雰囲気」を持っている人、腹をくくって逃げずに責任を取る人です。これに加えて、「ピント」を合わせられる人かどうかも、注目します。

上田 どのようなことでしょう。

木村 反応する「ピント」はどんな場面でも出てくる。ビジネスで、時代の風を感じるとか、流れのわかる人はいます。そういう「勘所」のわかる人はどんな局面でも、いい仕事をします。人を引っ張る人も、人を動かす「ピント」がわかるのでしょう。

上田 話を聞くと、人事だろうが組織だろうが、会社を「公」のものとしているようですね。自分も突き放して見ているし。

木村 「公」という考えでいくと、インボイスの使命は人をたくさん雇うこと」です。大きくなり、多くの人に働いてもらいたい。そのために、株式市場でいいパフォーマンスを出し、株主の皆さまに利盃を得ていただきたい。そうすれば会社にプラスとなり、また成長できますから。

M&Aは「時間」ではなく「お客さま」を買う

上田 積極的なM&Aの理由もそこにあるんですか。

木村 成長を続ける手段手段の一つですね。M&Aを一度でも失敗しては、成長ができなくなる。だから、一〇〇%成功させなければならない。今まで一〇戦一〇勝ですが、百戦百勝するつもり。M&Aは「時間を買うため」とよく言われます。一から事業を立ち上げるヒマがないからと。私は違う。「お客さまを手に入れるため」と言います。最近のM&Aの姿はべンチャーが、上場益などを使って、大企業の子会社を買う例が多い。買うほう、買われるほうの双方に事情がある。ベンチャーは一部の経営陣に"イケテイル"人が多い。ただ、創業年月が短いから、顧客の基盤が少なく、頭でっかち。一方、大企業の子会社は長い時間続いている顧客が多く、営業マンがきっちりしている。けれど上がしっかりせずに身売りされる。いいところと悪いところ、つまりデコ(凸)とボコ(凹)がきっちり合って、長方形にならなければ、うまくいきません。私はこれをいつも考えている。最近のメガバンクや企業の合併は、規模だけを追求してデコとデコやボコとボコが合わさる例が多い(笑)。

「面白いこと考えているジャン」と言われる会社を目指します。

上田 実際に「人」のマネジメントで苦労したことはありますか。

木村 少ないですね。人事を見ていたときは、問題になる前にドライに対応しました。私を含めて働く人の暮らしを守ることがインボイスの目的です。だから問題を起こす人に、私が「申し訳ないが、明日から来ないでくれ」と申し渡した。ぐらつかないで責任を引き受け、辞めてもらうと、意外とトラブルはなかった。

上田 逆に、人が足りないとか、組織に力がない場合にはどうしますか。私は自分にも、社員にも一二〇%、仕事を与える主義でした。

木村 それには賛成できません。

上田 というと、なぜでしょう。

木村 一二〇%ずつ与え、全部集めたら会社の進むべき方向で、仕事の結果がまとまるでしょうか。私は仕事の総量をボンと出して、「勝手に取ってくれ」と言います。やる気のある人から取る。そうすると、すき間がいびつに残ります。その残ったやつを誰かにやらせ、私が後始末をする。そういうスタイルでした。本人からの自己申告で、決まるようにしますが、余計なことはさせない。昔も今も、それで成長しています。

上田 なるほど。事業計画、戦略は重視するのですか。

木村 ないです(笑)作りたくても、ビジネスはやってみないとわからない。私の中にボヤッとあるだけ。ただ、上場すると投資家に計画を示さなくてはならない。できることだけを、発表するようにしました。

上田 私のやってきた人材派遣業とインボイスの仕事。これはアウトソーシングという点で共通しますね。今後はどうなるでしょうか。

木村 必ず伸びます。「どうでもいい」と思われていたことをお客さまへの「ご用聞き」で拾い集め、真面目に凄い効率で行う"イケテイル"会社は時代の流れをとらえています。「どうでもいい」とは、めんどうくさくて煩雑。やる時間がない。やりたくないということ。これって、企業は今後も必ず外に出します。
余談ですが、政府は「既存企業とべンチャー双方がWin-Winの関係を作りましょう」と言う。既存企業は外に仕事を出して収益を高め、外注の仕事でべンチャーが潤えと。これっておかしい。仕事が出たら、それをやっていた既存企業の人はいらない。仕方がありませんが、社会全体からすると、必ず失業が生まれます。「ピント」がずれている。

得体の知れない企業を目指す人活術とは

上田 この流れは続くでしょうか。

木村 なんでもかんでも外に出し、安ければいいという状況は続きそうです。しかし、大事なことまで外に出し始めている。たとえば銀行です。「いらっしゃいませ」「こんにちは」「お困りですか」。こういう「顔を合わせる」のば商売の基本。それをATMに任せ、しかもその機械とソフトを全部外注して窓口を滅らした。合理化成功と喜んでいたら、システムは統合で混乱し、貸し出し審査能力は落ちた。利用者はとても不便な思いをした。私は貸し渋りで苦労した。そういう金融の混乱って、アウトソーシシグ戦略の「ピント」のずれから来ているんでしょう。

上田 今後、インボイスはどのように成長するのでしょうか。

木村 「得体の知れない」と言われることがうれしいですね。一見何をやっているのかわからない。調べてもらうと、「面日いこと考えているジャン」と感心してもらえる。新しいことをどんどんやって、毎年姿が変わる。そういう企業を目指します。

上田 非常に楽しみです。まとめると、木村社長の人材活用術とは、どういうことになりますか。

木村 「自由放任」です。私は性善説です。だから余計なことをこちらが言わなければ、なんとかいいことするだろうと。失敗したり、噛みつかれたり、裏切られたら、全部私が悪い。自業自得で見る目がなかったと自分が反省する。こういう考えで、「人活」をしていきたい。

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