
メディア掲載
株式会社サイバード 堀主和ロバート
ビジネスに足を突っ込んだきっかけは育った環境だった
堀 厳しい家庭でした。高校1年生のとき、門限が夕方の4時(笑)。お茶にも行けなかった。
上田 どうして4時なんですか。
堀 僕も不思議だったので、30歳になったとき、親に聞いてみました。そしたら、「商売人にしたかった」と答えたんですね。
上田 でも、商売人と門限には何か関係があるんですか(笑)。
堀 僕の親が商売をやっていて、一番思うことは、「世の中は本当に思ったとおりにならん」ということだと言うんですね。「学校の試験なんて簡単や。お前なぁ、学生の分際で、しんどいとか大変とか言うな。勉強さえすれば、点数は上がるやないか」とよく言われました。でも商売は、死ぬ気で頑張っても、あかんときはあかん。自分の頑張りと関係のないところで決まったりする。
上田 確かにそうですね。
堀 それで僕の親は、僕がやりたいと言ったことに対しては、すべて「ダメ」と言う教育方針で通した(笑)。「お茶飲みに行ってくる」「あかん」、「留学する」「あかん」、「ボランティアしてくる」「あかん」、「ギター弾く」「あかん」。もうパニックですよね。子供としては、「この呪縛から早く逃れたい」と思うわけです。そうすると自立するしかない。
上田 不自由な状況から逃れて、自立したいということで、ベンチャーに辿り着いたわけですね。
堀 しかも僕の場合、一族が毎晩、夕食を一緒にとるんですが、祖父が旅館を経営していたので、ご飯を食べながら、その日の帳簿を見て電話で現場に、「こら」「よかったな」「こうしろ」などと指示にを出す。時には「これがどういうことかわかるか」なんて聞かれる。そういう会話を4歳のときからしていた。
上田 一種の帝王学ですね。
堀 そういう環境で十数年育ったので、自分もやってみたくなった。「ここから逃れたい+自分もやってみたい=自分でやるしかない一ということで、ビジネスの世界に足を突っ込んだ。
上田 自分の城をつくってみたいという気持ちになった?
堀 ダメダメばかり言われていると、やっぱり「認めてほしい」という気持ちが出てきます。独自のものをやって、世の中で認知されて自分を認めてほしい、という臥いは強かったですね。
モバイルには社会のすべてを変えるパワーがある
上田 それで、大学在学中に事業をやり始めたわけですね。
堀 英国留学しているとき、「こんな仕事がしたい」ということを考えて、企画書を書いて、飛び込みでスポンサーを探したりしましたが、なかなかうまくいかない。それで、日本に帰ってきてから、すぐに株式会社を立ち上げました。見事にスッテンコロリンでしたけれど(笑)。でも、まったく懲りませんでした。
上田 ベンチャーの鑑ですね(笑)。なぜ、失敗したんですか。
堀 第一の問題は、おカネのことを知らなさすぎたということ。だから、根性しかなかった。『会社四季報』を最初から最後まで電話して出資のお願いをしたってダメですよ(笑)。
上田 商店と違って、事業は手金だけでは無理ですからね。
堀 第二の問題は、ビジネスモデルですね。いまで言うと「ミクシィ」みたいなインターネットの仕組みを手掛けたんですが、広告もなかったし、課金もなかった。つまり、儲かるためのモデルがなかった。少し早すぎたというのもありましたね。
上田 インターネットの本当の草分けだったんですね。
堀 もう一つ言うと、「それをやる意味があるの?」ということですね。プロジェクトとしてやるのはいいかもしれない。でも、「会社にしてまでやる意味あるの?」ということが大事。会社にするためには継続性が必要。そのためには、それが世の中から望まれているものであることを見極めなければならない。
上田 一発屋じゃね。
堀 ヒット・アンド・アウェイで、パッと流行ってサヨナラというものだったら、会社にしないほうがいい。会社にしたら後々苦労する。でも、起業したい人たちって、アイデアにのめり込んで、「今日、今月、この契約が取れるか」みたいなところに気持ちがいっちゃう。
上田 そうですよね。起業すると、目の前にある山を越えるだけで必死になってしまうんだけれど、本当はその山を越えたときに、何が見えるかということが大事なんですよね。
堀 その山が切り立った高い山で、その後ろがすぐ崖だったりする。しかも、崖が延々と続いたり。それでも前に進んでいくべきかが問われる。つまり、いまやっていることが、ずっとあり続けるものなのか、世の中の役に立つものなのかが大事になる。だから、奇をてらったことはよくないんです。
上田 「22世紀の教科書に載ることをやる」という気概かなぁ。
堀 一過性のムーブメントではなくて、そのビジネスが原因で産業界の構造が変わったとかいう話じゃないとね。そういう意味では、22世紀の教科書に「モバイル」が載ってほしいと思っています。その中の代表的な会社として貢献したのが「サイバード」だったらいいですね。
上田 モバイルは、22世紀の教科書に載る可能性がある?
堀 石油を初めて掘り当てた人は、まさか石油がここまで世の中を変えるなんて思っていなかったはず。ビニールになったり、自動車を動かすなんて想像していなかった。どんなに先見の明がある人でも、石油が発掘された最初の5年や10年では、すべての可能性に気付けるわけがない。そういう意味では、じつは僕も気付いていない。
上田 将来におけるモバイルのすべての可能性に気付いているわけではないんですね。
堀 モバイルって、それぐらい大きなインパクトがある。21世紀は情報化社会です。ほとんどの会社はネットワーク上で何かをするようになる。ということは、社会と人のコミュニケーション手段が根本的に変わる。つまり、すべてが変わるわけです。
上田 社会のすべてを変えるだけのパワーがネットにはある。
堀 そういう社会を生活者として見たとき、携帯を使う時間のほうが、パソコンを使っている時間より長い。つまり、ネットよりもモバイルのほうが、消費者に対する影響度合いが高いはず。現時点では、電話、メール以外のモバイルの利用目的は娯楽的要素が大半。最近ようやく「財布」や「定期券」や「鍵」という娯楽以外の利用法が出てきた。これからは、もっと出てくる。
上田 現在の利用方法なんて氷山の一角なんでしょうね。
マーケテイング・プラットフォームの追求にこだわる
堀 モバイル業界は、1998年~99年から、コンテンツというカネの成る木を徐々に手に入れました。それで2001年~02年まではみんなハッピーだった。そしてその木が成熟した結果、低成長になっている。次の稼ぎ手を見つけないとさらなる成長はできない。
上田 それで、いろいろな方面に足を踏み出しているんですね。
堀 音楽に行く人もいれば、映像に行く人たちもいる。僕らは、僕らのプラットフォームにこだわった。マーケティング・プラットフォームを追求し続けることにしたんです。ずい分トライ・アンド・エラーをしましたが、必要な膿は全部出し切った。ようやく去年から進み出しました。
上田 今期は、営業利益がV字回復する予定ですよね。
堀 はい。ユーザー層を増やして、より細やかな提案ができるようにします。何でもかんでも情報が載っているというのではなく、その人に合ったものだけを提供していきたいんです。
上田 来年10周年ですが、何を目指していくんですか。
堀 じつは、目指すもののコアの部分は創業時から何も変わっていない。目指しているのは、市場最強のマーケティング。あらゆるチャネルから人を集めてくるのがウチの強み。ネット上のぺージビューはなんぼ、みたいなことはやりません。もっとリアルな顧客を集めてきます。
上田 どういうことですか。
堀 例えば、ある量販店の店頭に来たお客さまが200万人いたとします。そういうデータが山のように蓄積されただけでは意味がない。お客さまにはいなくならないでほしいから、日々ささやかな感謝を感じてもらうような工夫をするんです。それが秘訣。ささやかだけれど喜んでいただける、そして必要としていただけるサービスを、メールや画面を通じて、携帯上で提供しています。
上田 具体的に言うと?
堀 当社が独自で行っているメールマガジンがあります。たとえば映画が好きな人には、新しい映画が日本に来ると決まったら、2分間の映画紹介の映像をメールで送っています。犬が好きな人には、「いぬのきもち」という雑誌の映像版を送って差し上げている。ニュースだったら、号外が出たときに、映像でバーンとお届けする。
上田 それはありがたいよね。
堀 そういうことで、人々の生活を支えたい。それで「ありがとう」と思ってくださったら、お客さまは離れへん(笑)。僕は、携帯の「力ルピス劇場」シリーズを目指したい。「母をたずねて三千里」とか「フランダースの犬」とか「アルプスの少女ハイジ」を放送していた番組です。
上田 「力ルピス劇場」を目指すというのは何なんですか(笑)。
堀 力ルピスを「飲んだらあかん」と言っていた親御さんは結構いた。でも子供は、ハイジが好きだし、フランダースの犬も好き。それでいつも観ていると、それを提供している力ルピスは「いい人に違いない」ということになる(笑)。力ルピスを信頼しているんです。そういう信頼関係は、求心力を持ち、説得力を持ち、影響力を持てるんですね。
上田 なるほど。
堀 そして、その力を徹底的に善意で使う。そうすると、そのコンテンツが非常にパワフルなメディアになる。通常1%くらいのクリックレートが、何十倍にもなるんです。
上田 それが最強のマーケットプレイスということなんですね。
堀 サービスの質が上がると一気に利用者が集まるようになって、メルマガ購読者の解約率も大幅に減りました。そうなると、そのコンテンツで広告枠が売れて、物も売れ始める。
上田 「ワン・トゥ・オンリーワン」ということなんですか。
堀 そうですね。ワン・トゥ・ワンにその人を思う気持ちを入れると、ワン・トゥ・オンリーワンになる。だから、エゴイスティックなサービスではダメ。ホンマにこの人は喜んでくれるのかということを考えていかないと対応できません。
上田 究極のサービスというのは、痒いところに手が届くということ。痒くないところをかいてしまうと押し付けになる。ありとあらゆる人が、痒いところを持っているわけだから、そこに手を差しのべるような仕組みを作るわけですね。
堀 祖父の旅館は、天皇陛下も宿泊された立派な旅館でした。祖父は「客に『ありがとう』と言われるのは安物のサービスだ。客がそこにサービスがあることに気が付かないサービスこそが、一番上等」と言っていました。入り口で靴を脱いだ瞬間から、仲居さんが部屋まで案内する間、お客さまが「いま自分はサービスを受けているな」と感じるなんていうのは、見え透いたサービスなんですよ。
上田 なるほど。「ありがとう」と言われるサービスは安物、と。
堀 案内している間に、「お客さんはどこから来はったんだろう」「駅からか」「運転して来たのか」「疲れ具合はどうなんだろうか」「靴を脱いだときに靴下は湿っていたか」とか、全部見るんですよ。そしてそのときのお客さまの状態を想像して、出すお茶を熱くしたり、冷たくしたり、ぬるくしたり。そんなことは、お客さまは気付かない。何かわからないけれど気持ちいい、そういうのが一番なんですね。
能力と人格のどちらかが欠けていてもダメ
上田 昨年10月に、サイバードとJIMOSを経営統合しましたよね。企業文化の融合は、なかなか難しいと思うんですが、どうですか。
堀 結婚が難しいのと同じで、合併も難しい(笑)。別々の生き方を背負っているわけですからね。それで、失敗する結婚とうまくいっている結婚の違いは何かというと、足し算と引き算なんですよ。一番ありがちなのは、「私のほうが忙しい」「いや、俺のほうが忙しい」という引き算。
上田 それだと、結婚はうまくいかないですね。
堀 そうじゃなくて、相手を認めて、良いところを真似するとか、良いところを引き上げるべきなんですよ。企業の統合も同じなんですね。そのためには、相手の言うことを聞く素直さが絶対に必要です。それがあった上で、良いところを探す。真似できるところをお互いに盗み合えばいい。盗んだことを自慢し合えばお互いに気持ちいい。
上田 言われたほうも気分は悪くない。嬉しいわけですね。
堀 そうすると、そういうのがどんどん広がっていく。
上田 どういう企業文化を目指しているんですか。
堀 「ありがとう」と言ってもらえる会社です。世の中の役に立てる、人の役に立てる会社で、かつ働いている人たちが人格者、という会社を目指しています。
上田 社会から「ありがとう」と言われる仕事をしようっていうことですね。
堀 だからウチでは、MVPではなくてMAP。「モースト・アリガトウ・パーソン」(笑)。
上田 大好きですね。そういうのは(笑)。どういう人材を求めているのですか。
堀 まずは、プロフェッショナリズムにのっとった仕事ができる、プロフェッショナルである人ですね。そして同時に、人として立派であってほしい。
上田 人格者ということですね。
堀 能力と人格のうち、片方しかない人はウチにはいりません。
「信頼」できる「気が付く」人材がほしい
上田 人事はどういうやり方をしているのですか。
堀 権限と責任を徹底的に委譲して、社員全員が輝ける場所にいるようにしたい。権限と責任が委譲されて、自分のやることが明確にわかっていて、それに対して頑張れるだけのモチベーションを持てるように……。
上田 口で言うのは簡単ですけれど、実際はどうですか。
堀 ホンマに難しいですね。でもウチは、どんどん若手を登用していきますよ。だって、インターネットの会社で上場している会社を見てみてくださいよ。
上田 最近上場した会社には、20代の社長がいっぱいいます。
堀 考えてみたら恐ろしいこと。上場会社の社長になれる人材を、社会が認めていなかったということですから。実力を認めれば、人材はいっぱいいる。必要な経験さえ積めば年なんて関係ない。それで、ウチではどんどん若手に権限を渡しています。ネットの場合は、ユーザーの感覚に近い世代がストレートに考えるほうがいい。
上田 マーケットのにおいがわかるから、旬の仕事ができる。
堀 入社3年目くらいまでの25歳未満の社員に対して、「新しい企画をやりたいやつは、手を挙げてみろ」と言ったら、分厚い企画書と共に30人ぐらい手を挙げてくる。なかには、上司が理解不可能な内容もある(笑)。でも、そういうことをちゃんとやらせてあげることが大事です。
上田 たくさんの社員がいる中で、「こいつはいい。引っ張り上げてやろう」という場合に一番大事な視点はなんですか。
堀 信頼ですね。会社というのは、仕事をするところ。仕事というのは、1人ではできないから分担するわけです。「じゃあ、これを頼むね」と言ったときに、頼んだ内容の水準以上のアウトプットが返ってこないと、次に頼めない。「こいつに任せていたら安心や」というのが信頼。
上田 責任感と能力ですね。
堀 もう一つ、気が付く人間かどうかというのは大事ですね。祖父は、「気が付かん人間はあかん」と言っていました。同じ新聞記事を見ても、「この会社こんなこと発表しおった、へぇー」としか思わない人と、「ウチもこういうふうにしたら、こういうふうになるかも」と思える人は違う。これは、とどのつまり、そういう精神を持って生きているかどうかで決まるんです。
上田 そういう人材は、自ずと先を見て手を打つようになりますからね。人事上の評価は、どのようにやっているんですか。
堀 まずは、ちゃんと活動したかどうかですね。アンケートで、360度評価もやります。360度評価は、結構傷つきますけれどね。
上田 360度評価という手法はものすごく難しい。でも、やればいろんなものが出てくる。
堀 1回だけだとダメですね。傷つくだけです。2回、3回とやって、変わっていく自分を喜ぶみたいな感じにならないと機能しません。
上田 人を使って失敗したという経験はないですか。
堀 思いっきり裏切られたことがあります。僕は、涙を流しながら言ってくるやつは信じてしまうタイプなんですが、泣きながら嘘をつく人間に何度か出会いました。こちらは物的証拠を持っていて、向こうの言い分を聞いている。「何でそういうふうに見るんですか。信じてください。僕は命がけでやっているんですよ」と涙ながらに訴える相手に、「これは何なの?」と証拠を突きつけるとびっくりする、というようなこともありましたね(笑)。でも、そういうことも含めて、人間なんですよ。
上田 そういう裏切りというのは、耐えられますか。
堀 祖父は、貧乏でご飯が食べられない家に生まれたので、お寺の境内に捨てられた。それでそのお寺で育てられたんですが、そこからも捨てられて別のお寺にやられた。そこで悪いことをして、また捨てられて、リヤカーを引っ張って野菜を売って生計を立てるようになった。そしたら、途中で戦争があって全部ゼロになってしまった。そういう中で汚いこともいっぱい見てきた。そういう祖父と比べると、僕の経験なんて、たかが知れてますよ。ヒドいことなんて、この世の中にごまんとありますからね。
上田 残念ながら、ヒドいことだらけだよね。
堀 祖父のように、先輩経営者たちの中には、「この人、ほんまに強いんやろうなぁ」というオーラを出した人たちって、たくさんいたと思うんです。自分で経験してきたことの修羅場の数みたいなものがわき出ていて、ほんまにすごい経営者って、ヤクザの親分と変わらないくらい目と腹が据わっている。
上田 大物と言われる経営者だったら、ヤクザの親分を使えるんですよ。いまの大企業の社長はヤクザに使われちゃう。この差なんだよね。
堀 そういう意味で、僕は、のど元に包丁を当てているような人材が部下にほしいと思っています。そこまでの研ぎ澄まされた意識を持って生きている人は、どこか違いますからね。