メディア掲載
ディップ株式会社 冨田英揮
英会話スクールでの業務で企業を思い立った
冨田 僕は、名古屋出身なんですが、「起業するのなら東京に出たい」と思っていました。ただ、お金がなくて東京に出ていけなかった。その当時、パソナの南部靖之代表が「若いベンチャーを日本の将来のために育てていかなければならない。そのため当社では、インキュベーション(新規事業の起業支援)事業をやっている」とテレビで語っていたんです。そこでパソナ代表宛てに、僕の事業計画を送ったんです。
上田 その事業計画が受け入れられて上京。パソナの社内に机を設けて、そこで起業した。創業してから何年になりますか。
冨田 3月14日でちょうど10年になりました。それで今年は、社員全員を連れてハワイに行きました。
上田 全員ですか?
冨田 今年入社した新入社員は除きますが、600名近くで。
上田 すごい会社だなぁ。
冨田 こういう機会でもないと、全員で行けませんし、昔からの夢でもありました。
上田 社員を大事にされているんですね。それにしても、どうして起業したいと思ったのですか。
冨田 前職では、父の経営の下で、英会話スクールのCOO(最高執行責任者)をしていました。ところが、生徒の募集に予想以上に苦労したんですね。それを解決する手段はないかと日々考えていたところ、新しいマーケティング手法にたどりついたんです。その手法を使って、見込み客を発見するサービスを事業化しようと思い立ったのが起業の始まりでしたね。
素晴らしいパートナーに出会えたからこそ成長できた
上田 起業するときに、参考にした会社はありましたか。
冨田 僕にとって、パソナは素晴らしいお手本でした。ああいう会社をつくりたいと強く思ってきました。南部代表という、自らが起業した象徴的な強いリーダーシップを持った方がいて、さらに上田さんという現場をきちっと支えている方がいた。この組み合わせは理想的だなぁという印象をものすごく強く持っているんです。
上田 そう言っていただけるのは面はゆいんですが、大変光栄です。
冨田 僕の場合、南部代表にとっての上田さんのようなパートナーを育てることができませんでした。自分を支えてきてくれた幹部はいまも一緒にいますし、素晴らしい役割を果たしています。彼らがいなかったらいまの当社はない。でも、僕の代わりに現場を取り仕切る人が欲しかったんですよ。
上田 それはよくわかりますね。
冨田 南部代表はもちろん素晴らしい方なんですが、上田さんは、ある面では南部代表を超える現場の管理能力があった。僕は、自分を超えるぐらいの、自分が尊敬できるくらいのパートナーが欲しいと感じていたんです。そういう点では、いまCOOを務めている大友常世という人物に1年半前出会えたことが、当社が大きく成長するきっかけになりました。
上田 大友さんは本当に素晴らしい方ですよね。冨田社長とは、理想的な組み合わせだと思います。
冨田 僕は、大友が「日本一従業員満足度の高い会社をつくりたい」という志を持っていたことを高く買いました。現場に密着して、現場の気持ちを一番わかって、率先して引っ張っていく大友という人物に出会えたのがよかった。大友がいなかったら、これだけ大人数の組織を安定的に維持することができたかどうか。もしかしたら、崩壊していたかもしれません。
上田 冨田社長の素晴らしいところは、飾らないで、そういうことを言えてしまうところ。本当にざっくばらん。普通、力リスマ的な人はそういうことを全部隠して、自分のよいところだけを見せようとするけれど、冨田社長はそうではない。そこが、従業員の方々の共感を呼んでいる。
冨田 いえいえ、本当に欠点だらけなんですよ。
上田 人間なんて、どう考えても欠点のほうが多い。それが普通なんです。それを見せるか見せないかで人間の幅が出てくる。経営者というのは、得てして「それを見せないことが経営なんだ」と考えがちなんですが、そういう意味で自分を飾らないでさらせるというのは本当に尊敬しますね。
冨田 企業が大きくなってくると、自分の力だけでできることなんてしれています。だから、パートナーが要る。でも、パートナー的な価値観を共有してくれる人は、周りを見渡してもなかなかいないんですね。僕の場合、そういうめぐり合いというか縁があったのは、ものすごくラッキーでした。
上田 パートナーがいるということは素晴らしいことです。でも、それをそう言い切れることが偉い。普通、素晴らしい人に出会っても、その素晴らしさがわからなかったり、受け入れられなかったり、活かせなかったりする。そういうことのほうが圧倒的に多いんですよ。
冨田 これまで、僕がうまくやってこられたのは、人の縁や運があったからなんです。「こういう人にめぐり合えたらいいな」という人に運よくめぐり合えてきた。
上田 そういうところが謙虚ですよね。自分で思ったことが、運がよくてどんどん実現してきたと言われましたが、運というのは、そんなに簡単なものじゃない。運というのは、じつは、人並み外れた日頃の努力の賜物なんですよ。
「企業は人」が事業の基本
上田 ところで、どういう会社にしたいと考えているのですか。
冨田 世界で通用する企業にしていきたいですね。
上田 人を集めるというマーケティング分野で国際企業を目指すわけですね。上場は、そのための第1ステップだった。
冨田 2004年5月に上場しましたから、もうすぐ3年です。上場を契機に、社員数が大幅に増えました。3年前は約80名でしたが、現在は700名くらいです。
上田 急激に人を増やして、そのためにより広いオフィスに移転するなど、思い切りがすごいのですが、なにか秘訣はあるのですか。
冨田 経営においてはリスクがつきものですから、それをいかに低減させるかということを常々考えています。ただし、リスクについては思い切ってとる方針なんですね。リスクがあるからこそ、成長がある。そのためには、いい人材が必要。いい人材を採るためには、素晴らしいオフィスやよいロケーション、そして望ましい環境が要る。
上田 経営において、いい人材を採るというのは基本ですか。
冨田 当社においても、当社の事業においても、基本は「企業は人」ということだと思います。
上田 人を採ることをお手伝いすること。それから、自分の会社が成長すること。このふたつのためには人を採ることが一番だということですね。そのために、オフィスの整備から始めた。それにしても、倍々ゲーム以上のスピードで人を増やしているのですから、いろいろとご苦労もあったと思うのですが。
冨田 組織づくりが課題でした。小規模であれば自分ひとりで全体を見ることができるのですが、人数が増えるごとに組織をつくって、マネジメントできる人材を多く募集しないと回らなくなります。そこについては力を入れましたね。
上田 将来のリーダーとなり得る人材を雇用して、育てることが必要ですよね。でも、幹部として採用したのに、手痛い失敗をした経験もあったんじゃないですか。
冨田 創業当初は、導入部分で教育できる人材がいませんでしたし、財務基盤が脆弱で費用をかけられなかったので、入社したらすぐに実戦に回ってもらっていました。その結果、駄目だったケースは結構ありましたね。そういう点に関しては、申し訳なかったと思っています。
上田 最初は仕方がないですよ。
冨田 本当は「急がば回れ」だったんでしょう。われわれの考えを伝えていなかったばかりに、最後までなじめずに辞めてしまった社員も多くいました。そういう点では、教育の重要性を改めて感じています。
上田 企業というのは、そういうものなんですよ。企業における、ありとあらゆるものは「資産」なんです。よいお客さまを持っているのも、いい人材がたくさんいるのも、ノウハウがあるというのも「資産」。企業における「資産」というものは、常に新しいものをつくろうとして、そして発展させようとしている中で、結果的にできてくるものなんです。逆に、使っていなければ、「資産」はすぐに死んでしまう。だから、人の採用や教育という「資産」は、一夜にしてできるものではないんですね。
冨田 本当に時間がかかりますね。
上田 最初は経営が安定しないと駄目なので、企業の「資産」というものは、まずは営業分野に向かっていく。そのうちに、さらに大切なもののほうに少しずつエネルギーが向かっていくんですよ。企業というものは、いろんな「資産」が合わさって、組織的になったものですからね。そういう「資産」を形成する過程において、最も大切なことはなんだと思われますか。
冨田 社員を雇用する際に「志」を共有するということです。
上田 でも「志」を共有するのは大変ですよね。かなりエネルギーがかかるんじゃないですか。
冨田 採用の大切さを改めて感じています。当社のビジネスの場合、マーケットが急拡大しているので、マーケットの成長に追いつこうとして、無作為な採用をしていた時期もありました。でも、私たちの思いとか「志」をきちんと共有できる人たちでないとうまくいかない。頭数さえ揃えればいいというものではないということが身に泌みました。だから、入社してからの教育には相当力を入れています。
上田 猫の手も借りたい状況なので、たくさん人を集めることによって、目標を達成しようと思ってやってみたけれど、なかなかうまくいかなかったわけですね。
冨田 社員数が増えると、自分の思いや会社の方向性を的確に多くの人に伝えることが難しくなる。それで、社内報に力を入れているのですが、いまは3種類出しています。
上田 3種類というのは多い。
冨田 1つは、経営の思いを伝えるもので、年4回発行しています。もう1つは、当社の現状を伝える毎週のもの。最後の1つは、営業の成功体験を共有するためのもので、これも毎週出しています。80人の頃は自分である程度まで見られたので必要なかったのですが、1年前から始めました。
リーダーに求めるのはDIPドリーム・アイデア・パッション
上田 社員教育はどうされているのですか。
冨田 段階ごとに実施しています。新入社員教育においては「魂の注入」と呼んでいるんですが、「三つ子の魂百まで」と言いますから、ビジネスマンとして正しい価値観を身に付けてもらうことから始めています。
上田 社長は新入社員に対して話されるんですか。
冨田 私も授業の1コマを担当しています。教育部門をつくりまして、全部自前でやっています。
上田 「魂」となると、外部に委託するだけではできない。
冨田 人員が急に増えているので、組織からの要請で、まだ未熟で経験も実績も少ない社員をマネージャーにしたりしています。それで、マネージャー研修についても相当力を入れています。
上田 概して若い社員の場合は、ポジションや器を与えると成長が加速する面がありますよね。
冨田 管理職についても、いろんな手法を用いて、部下からの評価を反映させて実施しています。
上田 評価は難しいですよね。下からの評価は反映されるんですか。
冨田 360度評価に近いようなものを管理職研修で実施しています。結構厳しいですよ。
上田 冨田社長に対しても、下からの評価がなされるんですか。
冨田 厳しい評価が予想されるので、やらないで済ませてます(笑)。
上田 僕なんかやったらボロボロなんだろうな(笑)。
冨田 涙を流す管理職もいます。厳しい評価をもらった紙をいつも財布に入れて、常に見ている人とかね。管理職研修は厳しいですよ。
上田 気付いて仕切り直しができる人はいいんでしょうが、それでダウンしてしまう人もいるのでは?
冨田 ダウンした場合のケアもプログラムの中に組み込まれています。ただ、トラウマのように引きずってしまったり、自信をなくしてしまうリスクは確かにありますね。
上田 人間ですからね。100人が100人とも強いわけじゃない。
冨田 そういう意味で、カウンセリングはものすごく大事ですね。
上田 求めるリーダー像はどういうものですか。
冨田 当社では、マネージヤー職以上の管理職になるときに、「リーダーの誓い」を記した盾を手渡しています。当社の社名は、「ドリーム(Dream)」「アイデア(Idea)」「パッション(Passion)」の頭文字をとって「DIP」としたわけですが、その要素ごとに必要条件を書いているんです。
上田 夢があって、アイデアがあって、最後に情熱がある。そして、そうなることを誓うわけですね。
冨田 ドリームについては、「自ら夢を持ち、語り、夢の実現に努力する。私は決して途中で諦めない」と書いてあります。組織が小さいときは、僕が語ればみんなに伝わる。でも、組織が大きくなったら、中間層が僕の代わりに夢を部下に語れなければいけません。だからこそ、リーダーが夢を持って。それを語ってもらいたい。それから、いろんな欠点がある僕が、ここまで続けてこられたのには、しぶとさや諦めない気持ちがあったことが大きかった。それも伝えたい。
上田 そういうDNAを組織的に伝えていきたいわけですね。
冨田 アイデアについては、「アイデアは成長、発展の源である。個性を尊重し自由闊達な社風をつくり、イノベーターとして社会と企業の発展に貢献する」と書きました。われわれのビジネスは、みんなの頭の中にあった。みんなでそのアイデアを共有して具体化して社会に広めていく、アイデアがわれわれのビジネスの根源なんです。
上田 それをどんどんみんなから出してもらわなければならない。
冨田 そのためには、企業文化としてアイデアを尊重して、そういう発言をしやすい環境をつくる必要があります。それをするのがリーダーの使命なんですね。誰もが発言しやすく、発言したアイデアについては誰の発言だろうが、きちんと検討するという文化をつくっていきたいと思っています。
上田 パッションについては、どう書いてあるんですか。
冨田 「まず自らが熱くなり、周りを熱くする。惜しげなく誉め、共に喜び、悩み、励まし、語り合う。チームワークとリーダーシップで一致団結して勝利を勝ち取る」と明記してあります。自分が熱くならないと熱い集団はできない。だから、マネジメントポリシーとしては、「誉める、励ます、話し合う」ということを徹底する。誉めてあげて、共に喜び、共に悩み、ときには励まして、腹に落ちるまで語り合ってほしいと思っています。
「入社したい」と思ってもらえるのはありがたい
上田 評価の際に一番のポイントとなることは何でしょうか。
冨田 きちんと客観的な数字で判断するということが大前提としてあります。適正な目標を設定するために、相当の時間をかけて、腹に落ちるまで話し合って、その目標を共有します。そして、一度目標を持ったからには必ず達成する。達成した場合には、大きな評価が得られます。
上田 目標を持ったら、情熱を持って諦めるなということですね。
冨田 それをみんなに実践してもらうわけです。「最後まで諦めない」という社風はできていると思いますね。もう1つの評価のポイントとしては、チームとしてのプロセス評価。目標は達成したけれど、プロセスはどうだったのかということをきちんと評価する。たとえば、部下が全員目標を達成したからできたのか、それとも、数名の部下の頑張りによって達成したのかは見ていますね。それから、退職率も見るようにしています。
上田 トヨタ自動車は、「1人の100歩よりも100人の1歩」という思想で、徹底的にやっています。プロセス評価をする場合のポイントはそこ。ところで、個人の能力を評価するとき、「こいつはいい」と思われるポイントは何ですか。
冨田 僕は、どんな人でも良く見えちゃうので、面接者としては適していないかもしれません(笑)。話を聞いていると、その人が当社で活躍しているイメージが浮かんできてしまうんですね。だから、甘い部分が相当あるんです。
上田 それは「甘い」というよりも、「人間を信頼している」証なんじゃないでしょうか。
冨田 みんな可能性を持っていると思うんです。その成功像にわれわれが近づけさせてあげられるか、そういう環境をつくってあげられるかということではないでしょうか。ただ採用では、われわれのやり方に共感してもらえるかとか、誠実であるかとか、われわれのビジネスの社会的な意義を理解して志望しているのかということを厳しく見ています。
上田 要するに、「この指とまれ」という感じですか。
冨田 そうですね。「どうしても、当社に入りたい」と思ってもらえたら、それだけでありがたい。
上田 ゼロから起業した人ならわかりますが、本当に、来てくれるだけでありがたいものですよ。
冨田 仕事は人生を左右するもの。その候補として、当社を考えてもらっただけで感謝しますね。
上田 それで最近は、どんどん新入社員が入られているわけですが、自分の思いが彼らに伝わっているという実感はありますか。
冨田 新卒は吸収力があるからいいですね。すごく素直な社員が多いし、執い社員も多い。新卒の世代が本当の一歩をつくっていくんだなということを実感しています。