1948年富山県生まれ。 富山薬科大学(現富山大学)を卒業。製薬会社などを経て83年テンポラリーセンター (現パソナ)入社。日本の様々な人材ビジネスを創出する。 2000年から04年までパソナ代表取締役社長を務め、同年退任。 その後、”プロフェッショナル人材に特化した人材エージェント” 「株式会社 プロフェッショナルバンク」を創業。代表取締役社長を得て 2007年4月より代表取締役会長 現任。

2009年03月24日

「最後に当たって」

自分では随分長く続けてきたような気がしますが 今回をもって
ブログは終了させていただきます。

 書くことが無くなってきたというのが本音です。
始めたころは 30年以上にもわたって様々な経験しながら自分なりに
教訓と感じたことを 伝えるつもりで続けてきました。
段々同じことの繰り返しばかりになってきて。。。。

日記のようなブログも多くの人が書いているようだけど 元来日記
などは書いたこともなく 苦手。
仕事も遊びも計画は積極的に立てて動くのですが 終わったことの
整理とか記録などは苦手。
写真もあまりとらず、もらった写真なども整理せず 山積み。
根本的に過去に興味がないのだろうと 最近では自己分析。

世間話が苦手もここから来ているのかもしれない。
整理しないから記憶もあまり続かない。
あそこへ行ってなになにしたね! 楽しかったね! 云々も2,3年
で記憶のかなたに飛んでしまう。
細部となると1週間ももたない。 なになに食べましたね、あの時
こうでしたねなどが 全くかみ合わないで迷惑をかけ通し。

好きなゴルフですらそうだ。
まず以前に何度も行ったところでも さっぱりコースを憶えていない。
毎回毎回キャディーさんに聞かねば思い出せない。
記憶力の良い人は1回行っただけで あの何番ホールの池がどうの
こうのと話がはずむのに。。。。

記憶力の欠如?
そうでもないと自分では思っているのだが。。。
仕事のことは割りとよく憶えている。あくまで相対的にだが。。

先日たまたま知り合った姓名判断の方に見てもらいました。
生まれて初めてのこと。 サービスでということなのでごく簡単にだと
思っていたのに かなり深く突っ込んでやっていただいた様子で恐縮。

強い星のようだ。
根本的に強い運勢。 多少の紆余曲折は誰にでもあると同じだが
総じて輝く道を歩く宿命と。
すくなくとも70歳前までは。
ということでリタイアなどは考えないほうがいいらしい。
やることは変わっていっても。

人間たわいがない。
こういう風に言われるだけで じゃあやるかという気になる。
ありがたい話だ。 人のつながりに改めて感謝する。
人が人である意味はこんなところにあるのかな。。。

あまたある動物の中で人間に生まれたこと。
あまたいる人間の中で日本に日本人として生まれたこと。
あまたいる日本人の中であの両親の元に、あの兄弟たちと
生を分かち合ったこと。
無事に育ったこと、学校にゆけたこと、学べたこと、こんな仕事に
出会ったこと、そして素晴らしい友人たちに出会い囲まれている
こと。。。。
すべてが素晴らしい宿命。
そしてこれからのまだ長い人生の道のりも。

なにはともあれ そんな訳で年度末と切が良いので今回で終了と
させていただきます。
これからも変わりなく元気にやってゆくと思いますが、どこかで
お目にかかることなどありましたら また声をかけてください。

長い間お付き合いいただいた方々に 厚く御礼申し上げます。

2009年03月03日

「顔」

顔って大事だな と改めて感じる。
顔って変わるものだなと最近心底実感する。

世相の反映で相談が多い。
言うまでもなく明るい話は皆無に近い。
暗い悩み事が浜辺のモアイ像のようにずらり。
水平線を凌駕する勢いで沸いてくる。
実際のところ自分も人の相談に乗っている状況ではないほど大変。
ただ天から授かった役回りと真摯に。。。

友人の一人が断じる。
「暗い顔で必死に頑張っても 2年後3年後も同じ顔をしてるはず!」
これ 正しい。。。
”必死の努力”は耳障りがいいので よく使う。
「死ぬ気でやればなんとかなる!」
現実にはなんともならないことが圧倒的。
武士道で言う 「窮地にじたばたしてもしょうがない。胆を鎮めて気を
清めれば違う世界が見える」 という教えのほうが役に立つ。

会う人のほとんどが疲れに覆われている。
はっと気がつくと 鏡の前の自分にも疲れの大幕が見えることもある。
いかん。
件の友人は言い切る。
福は福にしか寄ってこない。
疲れ幕の向こう側まで 幕をくぐってきてくれる福は親切じゃない。

知り合いの一人に昨年末会社が立ち行かなくなり 大変苦労された
方がいる。 大変お疲れの日々だった。
ほとんどの業務を縮小し、今年初めからは孤軍に近い形で頑張って
いらっしゃる。
ある時顔が変わった。 今は輝かしいほどの顔。
いろんなことが心の中であったのだろうと推察する。
ある日からぱっと疲れ幕が取れた。
お会いするほうもなんとなく嬉しい気持ちで会える。

その方曰く 顔が変わったのは自分でもわかると。
変わったと思ったあとは それまで苦労しても一向に取れなかった仕事も
規模は縮小したものの今は順調なのだそうである。
何よりも それまでいじめに近い対応だった銀行の方々などが
”頑張ってね” と応援してもらえるようになったという。
そんなことが一番嬉しいのだそうだ。
福が福を呼び始めたのだろう。

わかるような気がする。
暗い顔にも疲れた顔にも「頑張ってね」と声をかける。
同情が大半の応援は実際には役に立たない。
明るい顔にかける「頑張ってください」には 実際の応援活動が
伴う。
 いい顔には福を投げて応援する。。。             (了)

2009年02月17日

「バレンタイン」

なにやかやと言いながら、もらうと嬉しいチョコ。
今年はいくつなんて数えるのは、何歳になっても止まらない。

誕生日にメッセージをあげたり、ちょっとしたプレゼントをすることはめっきり減った。
そのせいか、もらうことも比例。チョコも比例。
お祝いする気持ちは年齢に関係あるのかな?
イエスともノーとも。。。

ひとの幸せを喜ぶ気持ち。。。 うーん、平行。。。
人をいたわる気持ち。。。 増加。。。。
なにかしてあげようという気持ち。。。 範囲の広さは狭まっている。。。
人のための行動エネルギー。。。 減少。。。 残念。
何かを愛おしいと思う気持ち。。。。 ちょっぴり増加。。。

環境の変化とともに気持ちもかなり変わるもの。
最近の厳しい経済環境のせいか、おじさん族の顔が一様に
すぐれない。
同世代のばか話では、この季節になると義理チョコは欲しいの
欲しくないの、娘からもらったのもらわないのと話に花が咲き、
締めくくりは必ずお返しをどうするかという、ホワイトデーに夢を馳せて
終わっていたもの。
今年は話題にもならない。

バブルだろうが何でもいいから、早く良くなってくれ!と無責任な
願望の声ばかり。
なかなか、ピンチはチャンスに変えるのはむづかしい。
やっぱりいい時のほうが大チャンス。。。
この良かった2-3年の間、もっとちゃんとやっておけば良かったと 
多くの人が頭を垂れている。

良いときに、もっと良くすることを考えるほうがはるかに楽しい。。。
楽しいバレンタインよ、来年こそ蘇れ!
                                (了)

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2009年02月03日

「オバマさん」

久しぶりにロスのジャーナリストK氏と食事。
懐かしい話題が沸騰、時間は矢の様に過ぎ去る。
その昔、三浦疑惑を取り上げた張本人。
今回の自殺までのばたばた騒動に関する感想は?
あほらしくて乗っかる気持ちも起きなかった!と、ばっさり。
多分、自分で茶番を演じようとしたのが失敗して、本当に自殺になってしまった
事故だろうと。。。。

オバマさんの絶賛大会に移ってゆく。
いろんな角度からの今回の選挙の歴史的意味を聞く。

第一は黒人大統領を選んだアメリカ国民の葛藤と偉大さ。
特に大多数を占める白人層が大きな、大きな壁を乗り越えてオバマさんを
支持したことの歴史的、文化的意義ははかりしれないと。
日本でエチオピアから来た駅伝留学生の二世が首相に選ばれる図を想像して
御覧なさい。ありえないでしょう。
多分それの何倍もの葛藤の末に、白人は黒人大統領を選択したはずと。
なるほど。。。。 
日本人がこのような壁を越えるにはまだ100年かかるね。

次に200万人を越える人々が、零下の寒さに5時間以上も耐えて祝った事。
これも日本では絶対にありえないですね。
たとえサザンでもユーミンでもとても無理??
何だろうね?あのエネルギーは。。。

そしてあの感動的で隙の無いスピーチ。
オバマスピーチの深いところ日本の人たちにわかりますかねえ??と記者。
彼は 「新しい責任」を説いた。
責任の中身は実は「皆働きましょう」という単純な事。
今アメリカ国民は自信を失っていて、右往左往している。これに対して
私が方向を示すとか、格好いいことを言っているわけではなく、ただ建国の歴史の
原点に立って、汗を流して働きましょうと呼びかけている。。。これが国民の新しい責任と。
何にもないところに建国の志士たちはとにかく汗を流した。
東に役割の見つからない者たちは、幌馬車に乗って西へ西へと。。。
今同じように大混乱で方向、自信を失っているアメリカの人たちよ、まず何でも良いから
働く事から始めようと呼びかけているのだと。
金融工学の作られた世界、テロとの虚構の戦いに対するアンチテーゼ??

19分のスピーチで一度も言い間違えが無い!
間投詞 えー、うーの類もゼロ。
テンプターを見ているわけでもないのに、人間業ではない。
スピーチの名人といわれる所以。
韻がいい、リズムがいい、抑揚がいい。。。ライターも絶品。

あのスピーチの後、テレビに流れた麻生首相の会見コメントにため息をついた人は
私だけではないはず。
無いものねだり、隣の芝生??  であってももう少し何とかならないものか!

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2009年01月20日

「回数」

とにかく回数を重ねないと絶対にうまくならないもの。
良くならないもの多々。。

カラオケ
声の良し悪しは資質。リズム感も資質。
それでもやっぱり慣れた人の歌はうまい。聞きやすい。
人を楽しく乗せる歌い手はみんな場数をこなしている。
カラオケが簡単になり、プロとアマの差が縮んでいるとはいえ、ちょっと難しい歌になると
歌い込んでいるプロとアマの差は歴然。

英会話
どれだけ長い間、週一回学校に通っても一向に上達しない。
中高大と10年間も学校ではかなりの時間を使ったが殆ど効果は無い。
これがボーイフレンドが外人になったりすると、ものの3ヶ月もあれば見違えるほど
上達する。毎日朝から晩まで。。。場数。

書画
きちんと習っても 生きている字や躍動する字は別物。
何度も何度も書き込まないと絶対に描けない。 
横棒一本がうまく書けないものだ。
丸を書くとなると、うまいとへたは天と地の開き。

腹筋
言うに及ばず、単純に回数の差。
どんな技法を使おうとしても、回数をこなす以外に鍛える方法はない。

スピーチ
実はこれも回数。話の上手い人下手な人の差は場数。
スピーチそのものは数をこなすことによって、上手くなる人は多い。
慣れると余裕ができる。余裕が聞きやすいリズムを生む、メリハリを生む。
それ以前に、幼児の頃からたくさんしゃべる環境にあったか、そうではなかったかも
基礎。
なるほどと思うことに、お笑いタレントの両親がテレビにでると、皆面白くよくしゃべる。 
小さな頃からそんな環境に育てば、話は上手くなると妙に納得させられる。

あらゆるスポーツも、アマチュアの上のレベルまでは少なくとも練習量。 
つまり回数。
プロのトップの言葉でも必ず「練習量」は必要条件という。それに人より優れた
資質という「十分条件」が加わってトッププロの座があるようだ。

ところが人間、回数をこなすのは苦手。
おんなじことの繰り返しにまず飽きてくる。
ついつい変化が欲しくなる。
基礎が出来ていないで技巧に走ると、長い目では無残。

慣れるまでの回数をこなしもしないで、次の新しい事に移る癖がつくとやっかい。
何をやっても中途半端な器用貧乏に陥る。
一旦癖になると容易に抜けられない。
たばこ、ダイエット、禁酒。。。みんな癖から抜け出る為の涙。。

趣味、生活の分野ならまだかわいい。
仕事になると一生の競争の世界ゆえに 憂き目に会う。

みんな苦手な「回数」を、自分はこなし切るかどうかが分水嶺。
ひとより回数を重ねれば、必然的に「すごい人」

歳をとると 同じ回数をこなすのも大変だ!!                (了)

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2009年01月07日

「2009 新年」

すごい人出だ。
間違いなく昨年の2倍!
元旦の午後、愛犬エルとクーを連れての散歩がてらの初詣。
近くの菅生神社の参道では表の幹線道路まで参拝の列がびっしり。
例年、小一時間の並びで済むところ、どうみても2時間以上は。。。

ワンチャンたちの安寧を祈るのは今年はさぼって、人間様達の平穏を願う。
翌日の明治神宮に一緒に委ねる事に。
2日朝の明治神宮参拝と箱根駅伝の伴走見学は毎年の行事。
朝7時より前に神宮にゆけば、さほど人はいない。。。はず。。。例年は。。
今年はどうした???

そんな薄暗い時間帯にもかかわらず、ここでも去年の倍以上!!
結構参拝にも人が並んでいる。30分待ち。神矢を買うのにまた30分。
昨年は各々5分で済んだ。
あとで見たテレビの報道では、どこもかしこもかなり多かったらしい。
天気、世相が重なって??やはり世相の比重が大きいのだろう。

いわゆる 「神頼み」。
実際個々の人が手を合わせて拝む時間も圧倒的に長かった!
いろいろ頼んでいるのだろう、真剣に祈っていたのだろう。

神様は頼みを聞いてくれるのかな?

自分の今までの経験では「否」が圧倒的。
殆どの願いは実現していない。
昨年などは特にひどい!
還暦を迎えた記念の年ということもあり、明治神宮に留まらず、浅草寺、七福神
果ては芝増上寺までめぐって「お願い」しまくったもの。
明らかに頼みすぎ! 
加えていろんな神様がケンカしている。
お守りだけでも7-8個。カバンや財布やあちこちに、一年入っていた。
これではご利益のありようがない!と今は反省している。

よくよく考えてみると、普段、信心もないくせに、何もそれらしい供養もしていない
くせに、お正月だけ参拝して願い事をする。。。聞いてもらえるはずがない。。。

神主さんから聞いた。
参拝の正しい行動は、先ず「今、そしてこれまでのことに感謝すること」そして
「これからのことを誓うこと」なのだそうだ。
その上に「お願いごと」があって然るべきなのだと。。。

心から納得。人生訓そのもの。

今年はつつましく明治神宮のみの参拝にした。
願い事はなく、誓い事のみ。
内容はもちろん秘密。
誓いを実行しつくせたら、来年は少し願い事を。。。。??          (了)

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2008年12月16日

「逃避と挑戦」

これは紙一重だ。
明らかに反対語に近い対比の言葉だが、実際の行動では紙一重。
あくまで自分の経験ではの話だが。。

何かに挑戦したくなる。
若い頃には特に多い。
もちろん、純粋にポジティブな場合もある。いろんなことに興味を持って。
だが大概の場合は、動機がネガティブな場合が多い。
今やっていることがなかなかうまくゆかない。面白くない。。。。。だから新しいことに。。

幸いに世界のいろんな場所で、バラエティーに富んだ事業に関わらせてもらった。
ラッキーというほか無い。
殆どのケースでは、命ぜられるがままにである。
思い起こすと2回程、動機に逃避の行動があった。
一回目はMRからの転進。
自分なりにいろんな正当化をしているが、要は嫌になったことが大筋の動機。
もう一回はアメリカに渡った時。日本での仕事の小さなつまずきが動機。

どちらも未だに胸にドロッとした残留物がある。
成功したとか失敗したとかではなく、何かを半端に残して逃げ出したという思いが。。。

興味の対象が増えるにつけ、様々なものを見聞きするにつけ挑戦心が湧く。
大変いいことだ。
ただこれらは、通常の場合、実行に移す決断までには進化しない。
ある時に逃避への動機が発生すると、にわかに脚光を浴びることになる。
自分の心の中で、正当化への言い訳を作りつつ「挑戦」という、甘美な世界に
導いてゆく。

大抵の場合、こんな甘美な挑戦はすぐに露と消える。
覚悟の無い挑戦は玉砕の運命が多い。
どんな事でも自分なりのゴールまでやって、納得し卒業した上での「挑戦」は強い。

転職の手伝いをしていると、圧倒的に「逃避」が多いのに驚く。
「挑戦」とは紙一重だが。
多くはこれは新しい世界への挑戦なのだという。
でもそこまでに至ったストーリーを聞くにつけ、逃避的動機が見えてくる。
だから目標が曖昧、選択の基準が曖昧、比較ばかりするようになる。。。
肝が据わらない。。

ちゃんと自分に納得できるゴールまで、やってからがいいのに。。。
でないと、逃避癖になるのに。。。。                     (了)


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2008年12月09日

「不満足」

今の自分に満足ですか?
と聞かれて「はい」と答えられる人間はなかなかいない。

どこかに大なり小なり不満を抱えているものだ。
ただここで「不満」を抱えている人と「不満足」を感じている人との
間には大きな隔たりがある。

若い頃には、何かと「不満」を多く持っていた。
家の貧乏、身長の低さ、田舎に住んでいる事、親父、おふくろ、友達、
カラオケの声の悪さ、ひいては大学受験の失敗やら自転車をぶつけて
壊してしまったことまで不満の種。
思い出してみれば、何で??そんなに??
今では理解不能に近い。

結局は、ちょっとうまく行かないことは全て他人のせいにする。
人と比較して劣っている事もすべて何かのせいにする。
よくもまあ、こんなに自己中だったものだ。

「不満」から「不満足」に少しずつ変わって行ったのは、やはり経験の賜物。
香港やベトナムで、どん底の人たちと接する事ができたのが一番大きい。
ボランティア時代にいろんな施設に行かせてもらったのも。

「あの人たちと較べれば。。。。」
貧乏と言ってもたかが知れている。あのベトナムを思えば。
大学に行けただけでもすごく幸せな事。香港のボートピープルと較べれば。
身長が多少低くたって、五体満足。障害者施設の人を考えれば。。。。
などなど。

最近の理解できない事件の背景を聞くと、殆ど「不満」が起点。
若い人はもちろんのこと、相応の経験がある人たちまでも。
老人になっても、こんなにも不満のかたまりというのは悲しい。。。

つたない経験でも「不満」からは何も生まれない事を知っている。
多分「満足」ばかりでも、あまり成長しないのだろう。

まずは肯定、そして感謝かな?
日本に生まれて普通に生活できていること自体、世界60億の人の多分上から
10%以内の幸せ。
もし大学を卒業していたら、その中のまた3分の1以内。中身は別として。
会社に勤めていたり、仕事をしているだけで、親兄弟が元気なだけで、
入院するほどの健康を損ねていないだけで。。。幸せを感じる満足は一杯のはず。

感謝していれば、何かまだ足りないなあ、と思うものは全て自分のせいになる。
勉強が足りない、努力が足りない、気力が足りない。。。全て成長に繋がる。

日毎の仕事にゴールを持て、とよく言われた。
生涯の夢や目標、あるいは今年の目標などはよく口にする。
実は大切なのは日々の一つの仕事に対するゴール(目標?)なのだと。

今やっていることの位置づけがないとゴールは生まれない。
位置づけはその先の道筋や目標がないと、位置づけられない。
自分を肯定的に見ていないと、目標や道筋に確信がない。
感謝から始まらないと、結局は目標のない無為な日々を過ごす事になる。
日毎の仕事にゴールのある、無しの差は歴然、と。

「不満」は人間の性。
どうしても比較してしまう。不満の気持ちを全てぬぐいさることは出来ない。
なんとか「不満足」に変える、あるいは留める。
そうすれば満足に向かって行動を起こすことができる。
不満から積極的な行動を起こすと、人を傷つけることになる。

日毎の無為は不満のまま行動を流している証                  (了)

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2008年12月02日

「中だるみ」

毎朝オフィスの階段を登り始めて2ヶ月。
平日は幸い、まだ一日も欠かさず続けている。
地下から12Fまで14階分、階段にして丁度300段。
たいした訓練にもならないのだが、普段あまり歩かない自分には適度な訓練。

それでも初めの一週間は汗だく。
途中で2回も休み、それでも到着時は息も絶え絶え。
7日目くらいで、休み無しの直行で登れるようになった。
その次の7日では、汗もあまりかかなくなってきた。
訓練の効果、顕著。

こうなるとモチベーションも上がる。
少しずつテンポを速めて、最初5-6分かかっていたものが、4分を切り
3分台に突入したのが4週目。
ここで半年の目標を決めた。
毎週5秒づつ縮め、2分半つまり150秒で登る事。

それからの4週は何とか目標クリア。
だが先週になって進歩が止まった。
3分半が切れない!

情けない事にそれ以上スピードをあげると、途中で息が上がってしまう。
マラソンや登山と同じで、ペースを一定に保たないとスムーズに登れないのだ。
だから全体のペースを少し上げるしかないのだが。。。
距離を少し延して訓練すれば、もっとペースがあげられるかも。。と思い
2日間ほど18階まで登ってみた。
それほどきつくはなく、すんなり成功。
また距離を戻してペースを上げてみると、息が切れる。
どうも距離とスピードは別物らしい。

一年の訓練のつもりで始めた。
最終的には「28F頂上まで早足で駆け上る事」と目標は高い。
それなのに、こんなところで躓いている。
すこしいらいら。。。中だるみである。

そうだった。
今までやってきたこの種の鍛錬で、直線的に効果が上がったものは無かった。
顕著なのはダイエット。
初めは調子いい。日々効果が見える。
毎日の体重計が楽しみというくらい。
しばらくして効果が不思議とピタッと止まる。
同じようにやっているのに全く体重計の針は妥協してくれない。
睨みつけるように針を凝視するのだが、答えは無情、昨日と同じが続く。
へたをすると増えていることもある。
1回目は誤作動だと無理やり思う。2日3日と続くと怒りに変わってくる。

ここで止めてしまう。
断念、諦め、怒り。。理由はどうにでもこじつけられる。
こうして殆どの鍛錬は中途半端に終わる。
この中だるみを超えられたものだけが「成果」を満喫する。

そうだった、そうだった。

人の身体も脳も、効果が目に見えることはモチベーションも高まり活動するが、
見えなくなると、とたんに落ちる。
殆どの訓練物にはこの種の、効果が見えない時間帯が存在する。
特に初めの方がそうだ。
だから面白くなるまでに時間がかかる。

仕事や知的な訓練になると、そもそも効果なる物があるのやらないのやら
判らないものも多い。
俄然、躓きばかりが続くことになってしまう。
こうやって躓きの堆積で歳を取る。

今回は塵に終わらせないぞ!と再度誓った。。。
懸命に息を整えながら。。。                        (了)

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2008年11月25日

「決断」

知り合いの社長、いつくかのビジネスを手がけていらっしゃる。
内の一つがデベロッパー。
先週お会いした際、この半年強の苦渋の決断を聞かせてもらった。

もとより元凶はサブプライム。
一気に不動市況が悪化し始めたのは今年の初め。
昨年の暮れからマンションなどが売れなくなり、また賃貸の値段なども弱含み。
建築許可の大幅な遅れなども手伝って、資金繰りが急激に悪化、倒産も
出始めた頃。

2月ごろ。
手持ちの物件を3ヶ月で全て手放せ!!
2割の損はやむを得ない!いわゆる損切りである。
全営業への号令一下だったそうだ。
幹部は全員反対。
不況への雰囲気はすでに市場を覆っていたが、まだ現象としては一部。
もう少し待てば市況は回復するかも知れない、粘ればそこそこの価格で
売れるかもしれない。
今損をしてまで売るというのは希望を捨てるのに近いのではないか?
これが一般的な心情と見方、やむを得ない面。
少しでも希望があれば、ついそこにしがみ付いてしまうのが普通。

その半年も前から、早く売って在庫を軽くしようという行動は採っていたそうだが
少しづつ徐々に悪くなってゆく傾向の状況下ではなかなか売れないのが現状。
半年の間ぐずぐずと推移していたのだそうだ。

マンションを一部でも安く売るというのは、実は大変な決断。
定価で買った人からのクレームは想像に余りある。
当然相場がくずれてしまうので、同業からの非難もすごい。

諸々の障害を考えているととても簡単には踏み切れない。
どうしても模様眺めということになってしまう。
良く言えば、じっくり状況の帰趨を見極めて。。。実態は成り行きにまかせて。。
結果はぐずぐずということになりがちである。

この決断の結果は容易に想像できるように、全体ではミニマムの損で押さえられ、
今殆どの業者が売れない在庫を大量に抱えている時代に在庫ゼロ。
だから逆に仕入れには最大のチャンスとなった。
こんな会社が伸びてゆくのは、歴史が証明している。

もうひとり、知人の女性社長。
業態は全く異なるが、どんな事業もこのところは「決断」が必要な環境の連続。
様々なことを、わずかな可能性にすがりながら、ずるずると時間が過ぎた結果、
手遅れになるものが続き、残念ながらにっちもさっちも行かない状況まで
追い込まれてしまった。

この一年間ずっと経緯を伺っていたので
「なんでこれを捨てるという決断ができないのだろう?」
「何故一番のプライオリティーだけに集中して対処できないのだろう?」
などとやきもきしながら見ていた。

他人から見れば簡単なことでも、なかなか本人には見えないものがある。

腹を決める!
言うはやさしく 行うは難し の典型。
少しでも望みがあると、ついついすがりついてしまう。
引きずられて引きずられて、極く稀に粘ったかいがあったということもあるが、
殆どの場合、やはりあきらめる結果となる。
あの時にこうしておけば良かった、見切っておけばここまで被害が拡大しなかったのに。。。

株がそう、事業もそう、人間関係でも多い。

結局は「捨てる勇気」が難しい「決断」のエネルギー源。

わかってはいるが、まだ株や債権も塩漬けにして持ったままの自分がいる。
だから、人間か。。。。。。                          (了)

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